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小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 2

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第八話 頭痛のする帰路


 JRという清掃会社は、かなりのブラックだと思う。人、しかも高校生を、六駅も離れたド田舎の無人駅に派遣して、あまつさえ帰りの車も出さないのだから。

「まったく、JRからの仕事には金輪際《こんりんざい》関わらないでおくわ!」

 仕事を受けた当人である理奈瀬レコミは、到着した電車のドアが開く直前に、頭から湯気を出して捨て台詞を吐いていた。小鳥のように甲高く。
 そう、俺たちはやむなく電車で帰るしかなかったのだ。
 現在電車内で掃除道具たちとともに揺られている。

「オイオイ、オレすげぇ恥ずいぞ。なんで掃除道具と一緒に電車乗らなきゃいけないんだ!」
「それには同意する。でもお前、掃除道具一個も手に持ってないけどな」
「持ちたくねえよ! 電車で掃除道具持つなんて貴重な経験は求めてねえ!」
「そのせいで俺が持つ羽目になってるがな」

 電車内で掃除道具を携えた集団は、相当目立つ&相当邪魔になっている。当然座席に座るなんて出来ず、五色とレコミ以外の部員はほうきと雑巾を持って立ち、俺は追加でバケツと鎌三本を持たされている。

「おい五色、お前鎌持てよ。一つくらいなら軽いし、いいだろ」
「バカ言うな。そんなもんだけ持つなんて、死神じゃあるまいし」
「ならバケツ持て」
「電車でバケツ持つなんて非常識だろ」
「じゃあせめて杏子さんの持ってるほうきと雑巾を持て! ションベン掃除されて好きになった人だろ!」
「黙れ! 本当はそのっ……まえから」

 むさくるしい坊主頭が顔をぽっと染めて、両手で顔を押さえている。

「マジかよ。絶対無理だろ」

 杏子さんはいろいろ疲れたのか、手すりに掴まって船を漕いでいる。掃除ラブな彼女は、俺には到底信じられないことだが、手すりとほうきを同時に持ってこっくりこっくりしているのだ。ちなみに頭の上に雑巾を乗せている……。

「五色、杏子さんよく寝れるよな、あれで。皆に見られてる……」
「杏子さんはそういうの気にしないんだよ。大人なんだっつの。俺のションベンを掃除してくれるくらいの大物なんだから!」

 なぜか、五色は胸を張って杏子さんを誇らしげに語る。そこまでの権利がお前にあるのか、と問いただそうと思ったが、顔が杏子さんのほうを向いてデレデレしてたから気持ち悪くなって、やめた。
「部長権限」などとぬかして、レコミだけは座席でスヤスヤ眠っている。黙っていれば眠り姫。いっそ永遠に黙っていてほしいものだ。

『まもなく、宗司《そうじ》が浜《はま》、宗司が浜です』

 時間は淡々と過ぎ、車内アナウンスが俺たちの降車駅名を告げる。

「なあマサ樹。お前、浜でヘンなこと言ってたよな。女の子がどうとか。あれ、何だったんだ?」

 あと少しで到着というところで、最も悩ましい質問をしてくる五色。一体どういう神経をしているんだ。なんか、目をキョロキョロさせ、口をちょっともごもごさせている。

「……別に」

 そう答えるしかなかった。
 彼女、茶波ちゃんは、「他人とは異なる人間」と自称していた。確かに黄緑色の光を発する人間なんて異質でしかないし、待合室に戻ったときにはすでに姿を消していたのも、不可解だ。実家に帰った、そんなありきたりな答えは、茶波ちゃんに限ってまず当てはまらない。

『この光を捨てに行くの』

 茶波ちゃんはそう言っていた。光を捨てるったって、手にへばりついてた。どうや
って捨てるつもりだったのだろう。……まさか……

「おいマサ樹、なにボーっとしてんだ。駅着いたぞ」
「あ、ああ悪い」

 杏子さんとレコミも夢の世界から目覚めて、ちょうど電車を降りるところだ。杏子さんは生まれながらのジト目だから、さっきまで寝ていたという雰囲気がどこにも感じられない。だが、レコミは目が線になって、前方が見えてないんだろう、フラフラしながら杏子さんにつかまっている。

「マサ樹君、レコミが眠眠打破できない様子なので、掃除道具持ってあげてくれませんかね。懇願します」

 杏子さんは五色ではなく、すでに大量の掃除道具であふれかえっっている俺を頼る。頭に雑巾を乗せ、ほうきの柄を手で挟んで、お地蔵様のように合掌される。

「あ、はい」

 先輩だから逆らえない。俺って、フヌケなんだろうか……
 俺は杏子さんがニセ手すりにしていたほうきを持たされ、指には雑巾を結ばれた。なぜか五色が恨めしそうに眉を顰めていたが、ガン無視した。




「おっ美化部の皆! すごい装備だね」

 カラオケからちょうど出てきた三智と鉢合わせする。友達の数がかなり増えてるが、一体どういうことだろう。

「え、なになにこの人たち、三智の友達?」「何で掃除道具持ってんの? ウケる~」

 明るすぎる。電光掲示板のような友達だ。三智はよくこういうのを引き連れて行動する。小学生のころからずっとこんな人たちとつるんでいて、俺は昔から、三智は活発な女子どもを統率することに優越感を持っているんだと信じている。

「おー三智さん、ぐっとなーいとぅ!」

 杏子さんがいきなり両腕を高らかに上げて走り寄り、三智にハイタッチ。たくさんの人に囲まれた三智に対して軽々と挨拶できるなんて、どんな神経網をしてるだろう。

「おーぅ杏子ちゃん、グッナーイッ!」
 電光掲示板のような笑顔でハイタッチを決める三智。直後、変身する時のウルトラマンみたいに腕を突き上げる。三智のラッパみたいなよく通る声に対し、杏子さんはお餅を口の中ではむはむしているような声。身長は三智のほうが若干高い。先輩後輩の関係が崩れているというのに、違和感一つない。

「み、三智! 今日はあんたがいなかったから、大変だったんだからねっ! ひゃっ!」
「おーそうかいそうかい、こーんな可愛いレコミちゃんを大変な目に遭わせてしまって、大変申し訳なきことこの上ないねぇ! 可愛いなぁッ、もぅ☆」
「もう! 子供扱い禁止イ!」

 あっさりと三智に潰されるレコミ。普段は上から目線で俺や五色を服従させている(つもりの)レコミがおもちゃのように雑に扱われる姿は、とても快い。

「三井浜さん、パねえな」
「ああ。だから俺は大人しく服従するしかないんだよ、いっつも」
「安心しろマサ樹。もし俺が幼馴染だったとしても、多分、完全服従だ」

 五色の横顔は警戒心に満ちている。危険人物に指定したのだろう。

「マサ樹、明日学校でね! じゃっ」
「ふっ」

 俺は三智がウザすぎて、反射的に顔を逸らしてしまった。
 三智は友達らとワイワイ言いながら、通りを歩き去った。

「いーなぁマサ樹は」

 何も持たずに笑いながら、五色は前を行く。俺は無性に腹が立って、ほうきを投げた。

「いたっ⁉」

 偶然にもほうきは、五色の丸坊主頭に衝突。またもストーンサウンドが発生。

「な、なにしやがる!」
「これは罰だ。大人しく掃除道具を半分持って、反省しろ」

 しかし、五色は「公道で掃除道具持つなんて嫌だ」とガキじみたことを言って、走り去ってしまった。

「ふう」

 そんなことはどうでもいい。それより。