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小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち 2

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第七話 茶波ちゃん、いてくれよ!


 漆黒の闇夜。犬の散歩をする人もいない田舎道。そんな環境下におけるレコミの暴走。それが止まったのは、一キロくらい離れた砂浜だった。

「レコミ! てっめぇなぁ、何やってくれてんだよ! アア? ゴルァ」

 闇の中、五色の絶叫が響く。日頃の鬱憤とともなって。

「わ、わたしは何にも悪くないわ! 悪いのはマサ樹よ!」

 鎌を俺に向けるレコミ。茶波ちゃんの右手が黄緑色に光っているおかげで、激おこなレコミの幼い顔面がよく見える。

「さあ、もう逃げられないわ! 観念してパンツ脱ぎなさい?」

 鎌の刃を持ったレコミはもはやロリ死神。不敵な笑みを浮かべ、刃を人差し指ですりすりしている。一般的にはおどろおどろしい状況のはずなのに、身長が悲しいほど低すぎるせいで、鼻で笑えてくる。

「え、マジかよマサ樹! お前レコミに去勢されるのか? やめろレコミ!」

 五色は男の棒と玉がいかに重要か認識しているから、青ざめてゾッとしている。

「杏子さんにならともかく、レコミに去勢されるとか最悪だろ! マサ樹逃げろ!」

 ションベンを直接掃除されたことで始まる恋、その威力は、お相手に去勢されてもOKという極めて危険な熱情を伴ってしまったようだ。五色は明日病院で、何らかの治療を受けるべきだろう。

「マサ樹、早くパンツを脱ぎなさい! さもなくば、このわたしが無理矢理脱がすわよ?」

 ひたひたと、砂浜を歩む死神。子供っぽい声のせいで恐怖感は緩和されているものの、月がやけに明るいせいで鎌の刃先がキラリと輝いている。

「マサ樹、お前なんで逃げないんだよ! 去勢志願者なのか⁉」

 依然キラリと青白く輝き続ける鎌の刃先が怖すぎて、俺はガチガチに硬直している。逃げたいのに、体をどうやって動かしたらいいのか、口をどうやって動かしたらいいのか、分からない。

「今日をもって永遠の退部よ! さような、ら!」

 普通のロリが言いそうにない決めゼリフ。月の光がふりそそぐ砂浜から、散りばめられた星であふれる夜空へと、それはそれは甲高く鳴り響いた。

「…………。あ」

 ……生きてる? ……なんで生きてるんだろう……

「!」

 思わず息を吞んでしまう。レコミがパンツ姿になっていたのだから!

「キャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 よく見ると、背後でニヤリとほくそ笑む杏子さんがいた。忍者のように屈んでいて、右の眉尻が少しだけ上がり両手には実の妹のスカートが握り締められている。

「お、お姉ええええッ! な、なな、なんでぇぇぇぇ⁉」

 手を離した杏子さん。夜の砂浜に、パサリ、とスカートが落ち、その残響が細く、遠く、響き渡る。波の音とともに。

「レコミは、罪《ギルティ》を犯してしまいました。銃刀法違反。姉として最低限の責任は果たす必要があるのです。ワタシの育て方が甘すぎたゆえか、妹は去勢趣味に目覚めてしまった。それに気付かなかったワタシには非《リスポンシビリティー》がある。すまぬ、マサ樹君。我が妹のパンツを堪能することと引き換えに、見逃してはくれぬかッ! それでも不満であると仰るのなら、ワタシのも喜んで見せようぞ! それが男の贖罪《アトーナメント》ぜよ。ふぬーっ」
「杏子さんはオレの認めた女神様《オンナノコ》だ‼ ぶはあぁあぁあ‼」

 眉の傾斜が鋭すぎて、もはや別人だ。五色が取り乱すのも当然だろう。顔を親指、人差し指、中指で三点固定して俯いているところから、待合室で罹患《りかん》した中二病が完治していないことは明らかだ。

「あれ……」

 いない。

「五色、ここにさっきまでいた女の子は?」
「は? レコミと杏子さんはここにいるだろ」
「何言ってんだ、違う! 俺が引っ張ってきた女の子いただろ!」

 待合室でスライディングしたときは確実に手を取っていたし、鎌が黄緑色に光っていたのは茶波ちゃんの手の中の光が照らし出したから……

「あ……月の光に変わってたんだ!」

 刹那、俺は砂を蹴って走り出した!

「おいマサ樹、どうしたんだ急に!」

 五色が呼び止めるも、無視。耳に響く海風はその声をすぐにかき消す。


 意味のない往復運動だ。なぜ来た道を戻らないといけないんだろう。運動が苦手な俺は、走って三分も経たないうちに上り坂で疲弊《ひへい》。ヘロヘロになって歩いている現在である。
 道は暗い。さっきは必死だったから気にならなかったが、民家の明かり一つもない道を月明かりだけで歩くなんて、原始的で太古的だ。
 ハアハア言ってもゼハゼハ言っても続く、拷問坂《のぼりざか》。行きは下り坂だったこの坂、上りは結構キツい。

(大丈夫なのか茶波ちゃん?)

 待合室で、茶波ちゃんは「自分は他の人には見えない」と言った。しかし、そんなことがあるわけがない。黄緑色の光を筆頭に、俺の脳には茶波ちゃんの記憶が刻みつけられてしまった。もはや簡単に消せる脳の刻印ではないのだ。黄緑色の光、可愛いけど少し哀愁を漂わせる彼女の面持ち。
 いなくなってはいない。俺らのバカな行為に呆れて、待合室に帰ったのだろう。

(いるよな……)

 一歩上るたび、胸がざわめく。待合室に近づくにつれて、いないんじゃないか、そんな心配が大きくなる。月は高い空から明るく路面を照らしてくれて、十分に先が見通せる。風は低く唸りながら、次々と地面を這うように吹き流れている。
 追い風なのに歩く速度が減少し、背中には風が容赦なくぶち当たる。

「いてくれ……」

 呟きは荒ぶる風にかき消される。
 待合室に到着するやいなや、俺は音を立て、引き戸を全開にした。

「……」

 ひゅるー、と、耳に聞こえた空気の流動音。
 侵入した風が、雑誌の表紙を少し揺らす。