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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Freefall

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 母が言った。父がうなずく。ナオキは手を横に振って、とりあえず断る素振りを見せた後、わたしの方を見た。何か言うまでは黙っているだろうから、わたしは言った。
「迷惑じゃなければ……」
「迷惑なわけがないでしょ。四年ぶりよ。ほとんど失踪だったんだから。出て行った後、一度だけ電話をくれたでしょ。あれがなかったら、届けを出してたわ」
 母が言った。ナオキも母の立場になって、この状況を整理しているように見える。わたしは小さくうなずいた。
「ごめん。とにかく気分を変えたかったんだ」
「そんなことで、謝らなくていい」
 父が言った。わたしは、畳んだままの段ボールを家の中に置く権利を得たような気がして、ガムテープと一緒に、床に置いた。母が言った。
「お茶出すから、立ってないで。居間でくつろいでて」
 まるで、結婚前の顔合わせだ。次は、父がナオキに『娘はやらん』とでも言うのだろうか。わたしは座布団を四枚出すと、ふんわりと腰を下ろした。ナオキの目には、わたしの言っていた『ごみ屋敷』と完全に矛盾した景色が映っているだろう。
「すごい片付けたんだね」
 わたしが言うと、父はうなずいた。
「手狭だったからな」
 気づくのが十年は遅い気がするけれど、こんなに広々とするとは、思ってもいなかった。母がお茶を四つ持って来て座ると、テレビをつけた。その所作を見ながら、ふと思った。本当にこの家を潰す気なのだろうか。売るつもりなのかな? わたしは言った。
「こんなに片付けたのに、売っちゃうの? それとも、売るから片付けたの?」
 母が目を丸くした。
「売るって何を?」
「この家」
 わたしが言うと、父が笑った。
「そういう話が出ることもあるけど、何も具体的には決まってないよ」
 早苗は確かに『実家を潰す』と書いていたはずだ。そこで初めて、姿がないことに気づいた。
「早苗は? 学校?」
 わたしの言葉に、母が呆れたように苦笑いを浮かべた。
「もうすぐ帰ってくるわ」
 何もおかしなところはない。高二に上がる年だし、六限目が終わって帰ってくるのは、おそらく四時前ぐらい。
「早苗にも、家を売るとか、そんな話はした?」
 わたしが言うと、父は小さく首を傾げた。
「もっと賑やかなところへ引っ越したいかって、聞いたことはある。本人は嫌だって言ってたけどな」
 たったそれだけで、『実家を潰す』なんて話には飛躍しない。でも、そもそものきっかけが、早苗からメールが来たことだったのだ。それをどう伝えるか頭の中で整理していると、ガラガラと扉が開く音がした。
「ただいま」
 早苗の声だった。靴の数に驚いているだろうか。靴下が廊下を踏む静かな音が近づいてきて、居間にひょっこりと顔を出した早苗は、わたしの顔を見ると、口角を上げて微笑んだ。
「お姉ちゃん、久しぶり」
「久しぶりだね」
 わたしが同じように笑顔を返すと、早苗はナオキに気づいて表情を引き締め、小さく頭を下げた。
「あ、あの。初めまして」
「初めまして、益田直樹です」
 ナオキは軽く頭を下げると、わたしの顔をちらりと見た。『これってどういう状況?』と目で訴えているのが分かる。わたしは、母に言った。
「ご飯は何時?」
「うーん、六時ぐらいかな」
 母が笑顔を見せた。ナオキが気まずそうなうなずきで応じた。父が言った。
「益田くんも、食べていきな」
 わたしと、父と母の間で視線を泳がせていたナオキは、ようやくうなずいた。
「あの、本当にご迷惑でなければ……」
 わたしはわたしで、早苗に聞きたいことがあった。どうして、実家を潰すなんて嘘をついたのか。
「タケ……、いや、ナオキ。車にケータイの充電器忘れたんだけど」
 わたしが立ち上がりながら言うと、ナオキは同じように立ち上がった。一旦家から出て、車の前に立ったところで言った
「帰りたいんじゃないの? いいのか?」
「実家を潰すって話は、嘘だったんだよ。どうしてそんなことを言ったのか、確かめたいんだ」
 わたしの言葉に、ナオキは首を傾げた。
「なんだろ、妹さんがそう思い込んだんじゃねえの?」
「それも含めて、早苗から聞きたいの」
 ドアを開けて、シガーソケットからケーブルだけ抜いたとき、鍵がついたままになっていることに気づいて、わたしは言った。
「ちょっと、鍵つけっぱだし」
「こんな車、パクるやついねーだろ」
 ナオキは少しだけタケマルに戻って、笑った。鍵は閉めないし、パスワードは何もかも、全部ゼロで設定する男。ゼロがだめなら、わたしが代わりに設定して、覚えるようにしているぐらいだ。
 居間に戻ると、台所に立った母の代わりに、早苗が座っていた。改めてその制服を見たわたしは、思わず声に出した。
「早苗、すごいじゃん。受かったんだ」
 わたしの志望校。その制服に袖を通すのが夢だった。母が言った。
「奈央が出て行ってから、大変だったんだから。家中のものを捨て出したのよ」
 父もそれが遠い昔の出来事みたいに笑った。受験シーズンなんだから、ここ二年ぐらいの話だろう。早苗は言った。
「集中できないから」
 その言葉に、ナオキが表情を固めた。姉妹で全く同じ言葉が出るとは、思っていなかったのかもしれない。
「狭かったもんね」
 相槌を打つと、早苗はうなずいた。二階に上がったとき、部屋の中がそのままだったことを思い出したわたしは、言った。
「でも、部屋はあのままだったね」
「あれは、思い出だから別。分からないときに、お姉ちゃんが分度器で頭をコツコツやる癖とか、覚えてるし。今は、書斎が半分私の部屋みたいな感じ」
「お父さんを追い出してるの?」
 わたしが言いながら父の方を見ると、父はうなずいた。
「追い出されてるよ」
 誰かを追い出さないといけないのは、わたしが受験勉強をしていたころから変わっていなかった。父は、ナオキに言った。
「建設業をやっているのかい?」
「は、はい」
「肩で分かるよ」
 父はそう言って、わたしの方を向いた。
「奈央は、子供の頃から畑仕事をよく手伝ってくれてた。今でも、すぐに勘を取り戻すんじゃないか」
「どうだろ。虫は無理になったよ」
 わたしが言うと、父と早苗は顔を見合わせて笑った。ナオキはその反応を見て、虫を素手で捕まえるぐらいに、何も怖がらなかった昔のわたしを見て取ったに違いない。
「今はほんと無理」
「大人になると、無理になるもんもありますよね」
 ナオキは部屋に向かって話すように、はきはきとした口調で言った。早苗はわたしとナオキを交互に見ていたけど、急にあっと声を上げた。
「付き合ってるの?」
「そーだよ。二年」
 わたしが即答すると、ナオキが申し訳なさそうに肩をすくめた。このどうしようもない『茶話会』から引き上げたい。それに、父がいるから、早苗が『嘘』をついた理由は聞けそうにない。少し間が空いた後、父が言った。
「奈央は、早く家庭に入るタイプだと思ってた」
 結婚するなんて、一言も言ってない。でも、ここで明確に否定すると、ナオキを傷つけてしまうかもしれない。
「十八までしか知らないのに、そんな雰囲気出てた?」
 わたしが言うと、父はうなずいた。早苗が父の顔色をちらりと伺って、わたしの方を向いた。
作品名:Freefall 作家名:オオサカタロウ