奇っ怪山の未確認生物たち
そこで私は、ブッ!
思わず口に含んでいた黄金色の液体を吹き出してしまいました。
確かに彼女は細身/色白/上品で浩二にはもったいないほどの別嬪(べっぴん)さんなのですが、それにしても……、姫とは。
おいおい今は江戸時代じゃなく令和、気は確かかと、私は口を半開きにしたままでいますと、娑羅姫なる女性が自己紹介をしてくれました。
「直樹さん、初めまして、私は魔界平(まかいひら)娑羅と申します。祖先は平家の落人でありまして、実家は人も立ち入らない奇っ怪山(きっかいやま)にあります。私はそこで生まれ、今も暮らしてます」
さらに姫なる女性は浩二のデレデレ眼差しを無視したまま、淡々と続けてくれます。
「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり、……、そのうんぬんはご存じですね。その沙羅双樹が奇っ怪山にはたくさん生えてるのですよ、その花は一日だけ咲き、落花します。それと同じように猛き者も儚くも滅びて行きます。これが森羅万象の条理、ですよね」
なんと知的かつ奥行きが深いお話しでしょうか。私は思わず「意義ございません」と同意致しました。
すると娑羅姫は瞳をキラキラさせ、「さあれどもですけどね、奇っ怪山には太古の時代から進化をし続け、しぶとくこの令和の時代を生きる――、皆さんにとっての、いわゆる未確認生物がたくさん生息しているのですよ」とさらりと紹介してくれました。
その結果、こんな奇妙奇天烈なお話しに、私の脳は発火。
その後すぐに「未確認生物の新情報、興味あります」と思い切り顔を前へと突き出しました。
が、ですよ、浩二はその横で腕を組み、「うーん」とただただ目の前の唐揚げを睨み付けてるだけでした。
これじゃここで話しが終わってしまいそう。そこで私は「例えば、どのように進化した生物がいるのか教えて下さい」と熱意満々に、そのついでですが、男らしくビールをグビグビと飲み干しました。
この効果があったのか、浩二の女友達、いや娑羅姫さまは次のようなことを女性としての慎みを崩さず語ってくれたのです。
奇っ怪山は20億年前に海底から隆起しました。そして日本列島が2000万年前に大陸から分離、それと同時に現在の形になったのですよ。
深い谷にはその名残があります。
それは『太古池(たいこいけ)』です。
ここに封じ込められた海の生物たち、その後たくましく進化しました。
つまり池を捨て、陸に上がり、生きる場を山に移したのです。
だから山深く入って行きますと、沙羅双樹に吸い付いた山ダコ、岩穴に入り込んだ山ウツボ、葉っぱをとにかく切り刻む山カニなどがいます。
それらは愚直に生命を繋ぎ、そして幾星霜を重ねた果てに、そう、幸運にも今に至ったと言っても過言ではないでしょう。
作品名:奇っ怪山の未確認生物たち 作家名:鮎風 遊