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鑑定人・猫耳堂 一品目

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一品目. Lalique Warhol-Collection

『主人の遺したガラクタから、ひとつを残して後は全部売り払いたいのです。その残すに相応しい、ひと品を選んでもらえますか?』
 ある未亡人からの何とも奇妙な依頼だった。しかも、残ったガラクタの売り先は、その未亡人の友人が開いているリサイクルショップに決めてあるという。俺にとっては実にうま味の薄い仕事だ。あのマダムの紹介でなければ、即座に断っていたところだった。まあ、俺が鑑定人として、細々とやっていけるのも、半分以上はそのマダムのお陰でもあるから、仕方がない。話だけでも聞いて、見るだけでも見ようと、その未亡人宅に向かった。

 骨董品の値段を知りたいだけであれば、それこそ町場の骨董店に持ち込めば知ることができるし、量が多ければ出張鑑定もしてもらえる。まあ多少は足下を見られるかもしれないが……。
 それを、わざわざマダムを通じて俺に依頼するということは、【何か】を期待してのことだろう。その【何か】を見つけ出し鑑定に添える。俺の鑑定人としての価値はそこにあると自負している。マダムもそこを見込んで俺への依頼をしてくれている。

 閑静な住宅街をうろうろし、やっと辿り着いた家を見て驚いた。骨董と違って家屋の目は利かないが、そんな俺でも瞬時に判断出来るような豪邸だった。やはりあのマダムの知り合いには、こんな豪邸の住人が良く似合う。未亡人は電話で『ガラクタ』と形容していたが、この豪邸の主が遺した品物への期待と体温が一気に高まる。

 インターフォンで来意を告げると、当然の如く家政婦さんが迎えに出てきてくれた。
 案内されたリビングで対面した未亡人は、70はとうに超えているだろう、鶏ガラのような女性だった。言っては悪いが、骨董に走ったご主人の気持ちがわかる気がした。
 先ほどの家政婦さんが、ワゴンにティーセットを乗せて運んでくる。ノリタケ・ボーンチャイナ、しかもカタログには載っていない特注品だ。カップに紅茶が入るまでの間、未亡人に断ってリビングの飾り棚を、拝見することにした。カバンから手袋を取り出して、カップセットやディッシュなどを見ていると、未亡人から声がかかった。
「オールドノリタケではなくて、全部新しいものです。ほとんど私がお願いして創っていただいた物ですのよ」
 それが分からないようでは鑑定人失格だ。どれも、カタログにないデザインで絵付けも手書きだ。ただ一つのシリーズを除いてだが……。
「そのクリスマスプレートだけは、亡くなった主人が毎年買ってくれたものです。嬉しかったんですが、値段を聞いたら1万円ちょっとの品でしょ。自分は銀座の、座っただけで、そのお皿が何枚も飛んで行くようなお店でお酒を飲んでいるのに、寂しく留守番をしている私には、そんなものしかプレゼントしないなんて、男の人ってみんなそうなのかしら?」
 そう言って俺に同意を求めたが、冗談じゃない! これを買い揃えるのに亡きご主人がどれ程の苦労を重ねてきたのか、この未亡人は分かっていない。『ノリタケ・ミュージアムコレクション・クリスマスプレート』1997年から毎年3,000枚が6年間だけ売り出された、シリアルナンバー付きの限定品。ニューヨーク・パリ・京都・カイロ・サンクトペテルブルク、そしてフィレンツェ、それぞれのクリスマスを背景にアバンギャルドな女性が描かれている。たしかに、値段は当時で1万円を少し超えたくらいで、今でもプレミアムなどはついていない。入手しようと思えば、簡単に手に入れることが出来るだろう。だが、ここに飾られた六枚を揃えることは、断言してもいい、絶対に不可能だ。もしも、俺にそんな依頼が来ても、断るに決まっている。それほどのコレクションなのだ。

 ミルクを落とした旨いアッサムティーをご馳走になって、ご主人が使っていた書斎へと未亡人に案内される。
 書斎に足を踏み入れてみて、またもや驚いた。そこに置かれているのは『ガラクタ』という言葉がピッタリだった。壁二面に設えたオープン型の書架には、本が半分、ガラクタが半分、無造作に並べられている。草鞋にカンジキ、しかも片方ずつだ。陶磁器のカケラに、ソーサーのないカップがあると思えば、カップのないソーサーまである。
「銀座で接待の後に、数寄屋橋の高架下に小さなお店がいくつかあるでしょう? そこに寄るのが習慣だったみたいで、こんなものを買わされて……、いいカモよね。自分だけ好きなことして、夫婦の会話も少なくて、ポックリ自分だけ先に逝ってしまうなんて……、身勝手にもほどがあると思いません?」
 たしかに、毎度毎度こんなものを買ってくれる客は、カモだ。きっとそれらの店ではコーヒーなども出して持て成したに違いない。俺が店主だったらケーキも付けたことだろう。
 書架の横に掛けられた、ピカソのドン・キホーテの額にしても、アートプリントで額代込みの1万円くらいのものだ。
 こんな『ガラクタ』の中から、残すに相応しいひと品は難題だと考えていたところ、書架の一角に本で囲まれたグラスに目がとまった。
 地震があっても落ちないようにと考えてのことか、本に囲こまれたそのグラスを手にとって見る。
 それは間違いなく『ラリック ウォーホル・コレクション』だった。
 稀代のポップアーチスト、アンディ・ウォーホルの死後、その膨大なコレクションがサザビーズでオークションに掛けられた中のひと品だ。

 ラリックの代名詞であるサティナージュ、いわゆる艶消しを一切用いていない、シンプルな手吹きの透明クリスタル。そのシルエットは実に中途半端だ。大きく広がったトップに不釣り合いなまでに小さいボトム。ビールなどには口が広すぎるし、カクテルには大きすぎる、ステムといわれる脚もなくワインにも不向きだ。一見すると、ラッパ水仙のように不安定にも思えるが、グラスに中身が満たされテーブルに置かれると不思議な安定感を感じさせる。そんな奇妙なグラスだ。
 ボトムの裏に貼られたシールが、サザビーズでオークションに掛けられたことを証明している。
 当時のサザビーズで使われていた、直径1cmほどの丸いグリーンシール。そこにはこのグラスのビットナンバーである『1』が手書きされている。
 6客揃いの落札価格が当時の日本円で20万円。落札したのは日本人だったが、他の高額なオークション品に埋れて話題にもならなかった。
 まだ学生だった俺には、出品当時のことは知るよしもないが、このグラスにまつわる、サザビーズが調査しきれなかった事実を、最近になってマダムが教えてくれた。

 ウォーホルがラリックに注文したその内容は、全30客で、クリスタルの手吹き、サティナージュは不要、厚みは当時の限界と言われた1㎜。それを伝えるとともにウォーホルは、グラスの想像図を描いた直筆のデザイン画をラリックの担当者に見せた。
 ラリックでは、この人気アーチストからの注文を快く引き受け、半年後に恭しくウォーホルの家に持参した。
 ウォーホルは目の前に置かれた30客のグラスを見て、その場で代金を支払い、そして、その全てを粉々に割った。
 驚くラリックの担当者に「僕が望んだのはこれじゃない」の、ひと言だけが伝えられた。