星に願いを
なにを
「ごめんなさい」
唐突な
彼女の謝罪に彼は振り返り
黒鉄色の瞳を丸くする
病院の屋上
風に戦ぐ白いシーツの波が背後で音を立て
彼になった彼女の姿は以前よりも生気に満ちている
ように見える
以前は靡かせっぱなしだった黒髪も
彼は器用に編み込んでいる
枷が外れたかのように
呪縛が解けたかのように
彼は彼女の人生を謳歌している
ように見える
それなら嬉しい
それなら嬉しいが
自分には
自分の人生には気掛かりな事がある
「あの人」
母親の事だ
「お母さん」
と、甘えて突き放されたのは遠い思い出
「…家に、居る?」
「居る」なら
あの人にとって彼女は毒のような存在
苦苦しくて仕方ない
そんな顔をする
それでも機嫌が良い時は
生活費を投げつけて寄こすだけマシな方だ
「居ない」なら、何もない
昔は給食で凌げない長期休暇には
悪い事だけど盗んで食い繋いだ
慣れれば、一日一食で満たされる
彼は「ああ」と言葉を濁し、笑う
彼女は「ああ」と言葉を漏らし、俯く
「ごめんなさい」
再度謝る
何度でも謝る
あたしの人生で、ごめんなさい
そうして押し黙る彼女を余所に
彼は彼らしい、長閑な口調で話し始める
「あの人、お洒落だよね」
覗いたクローゼットの中
洋服やら鞄やら、靴で溢れていた
彼の言葉に
彼女は俯いたまま、頷く
確かにあの人はお洒落だ
化粧も上手いし、猫を被るのもお手の物
目を付けた中年男性を誑かし
金品を貢がせては、自分は若い男性に貢ぐ
生まれ持った「性」だけで
横行闊歩し、人生を謳歌しているのだ
「彼氏君と旅行に行ってるよ」
思わず、顔を上げる彼女に
彼は小鳥のように首を傾け、にっと笑った
「お陰で、化粧品使い放題」
自分には無意味だった
あの人の愛好は彼には宝物なのかも知れない
それは嬉しい
それは嬉しいが
尚も自分に笑顔を向け続ける彼に
彼女は遣る瀬なくも、笑い返すしか出来なかった