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異時間同一次元

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 この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。

                  小泉氏

「のっぺらぼうっていう妖怪がいるっていうけど、お前は信じるかい?」
 急にそんな話をされてビックリしたが、その相手はいつもいきなり奇抜な発想を口にするやつで、友人の少ないこの男には、彼のような少し変わった友人しか、まわりに寄ってこなかった。
 彼の名前は早良次郎。大学二年生だ。友人の名前は小泉俊介。彼も同じ大学で同じ学部の友達。
――きっと、今が一番友達の多い時期なんだろうな――
 と、早良は思っている。
 なぜなら、高校時代まではほとんど友達などおらず、
「大学に入れば、たくさん友達もできるはず」
 と期待していたが、実際にはさほどできるわけではなかった。
「こんなもんだわ。俺の人生なんて」
 と、友達ができなかったことにショックを覚えてはいたが、何とか受け入れようという思いがあった。
 それでも、大学に入学してすぐには、いろいろな人に声を掛けてみたが、思ったような会話が続くわけではなかった。
――俺の方から歩み寄っているのに、どうしてあんなに皆冷めた目で俺を見るんだ?
 と思うようになっていた。
 実際に会話を聞いた人から言わせれば、
「あんなに上から目線だったら、そりゃあ、友達なんかできっこないさ」
 ということだろう。
 しかし本人にはそんな思いはまったくなく、まさか自分が上から目線だなんて思ってもみなかった。きっと、高校時代までほとんど人と会話をした経験がなかったことで何を話していいのか分からず、相手の話に合わせようという思いが強すぎて、相手の話に自分の主観をぶつけすぎたのが原因だろう。いずれそのことに気付くことになるのだろうが、その時点での早良に、そんな理屈が分かるはずなどなかった。
 ただ、大学というところ、想像以上にいろいろな人がいる。中には早良と話が合う人もいたりして、しかも、本人たちの意識していないところで、そんな仲間が自然と知り合うようになっているのだから、世の中というのは面白いものだ。
 大学の講義室を見ていれば一目瞭然。どの教室であっても、講義室に座っている配置は変わらない。別に席が決まっているわけではないのに、同じ人は必ず同じ場所に座っているものだ。だから、競合することもない。自然といつも似た顔がまわりに鎮座しているというわけだ。
 そんな連中なので、友達になることは容易であった。声を掛ければすぐに友達になることができる。相手は待っているのだから。
 つまりは、自分も声を掛けてくれるのを待っていると言ってもいい。本人にその意識はあるはずなのだが、それを認めたくない自分がいることで、なかなか声を掛けることができない人がいるのも事実だった。
 大学一年の時、最初に声を掛けてくれたのが、小泉俊介だった。
 彼が声を掛けてくれたのは、ゴールデンウイークも終わってからだったので、入学してから一か月は経っていただろう。
「いつ、声を掛けようかって思っていたんだ」
 と小泉はいう。
「そうなんだ。でもどうして俺のことなんて?」
「早良君を見ていると、以前の自分を見ているようでね。だから見ていると、声を掛けてほしそうなオーラを感じたんだ」
「じゃあ、俺にそんなオーラがなければ、声を掛けてくれなかったということかい?」
 と聞くと、
「その通りだよ。いくら俺でも声を掛けてもらいたくない相手に声を掛けられるほどのお人好しじゃないからね」
 と、小泉は言った。
 ここでの「お人好し」という言葉が、その場面で適切だったのかどうか分からなかったが、早良の中でその言葉が印象に残ったのは間違いなかった。一見、ぶっきらぼうに聞こえるが、下手に社交辞令で話されるよりもよほどよかったような気がする。この場面での社交辞令は、相手の答えが取ってつけたものに感じられるはずだからである。
 ただ、この時最初に声を掛けてくれたのは小泉だったという事実で、その後、早良は他の人に声を掛けることができなくなった。もし、最初にできた友達に対して、自分の方から声を掛けることができていれば、きっとその後も、たくさんの人に声を掛けることができただろう。
 それが失敗に終わったとしても、次を見るという力が残っているからなのだが、最初に声を掛けられなかったことで、その力を自らで封印してしまったのだ。
 そして封印してしまったのは力だけではない。声を掛けるという勇気すら失ってしまった。
 いや、勇気を失ったわけではない。最初からそんなものはなく、これから自分で身につけていくはずのものだった。それを自分から放棄してしまったのだから、力など存在するわけもない。
 早良が友達の少ないのは自業自得。それは自分でも分かっている。
 しかし、その自業自得がどこから来ているのかは自覚できていなかった。もう少しで理解できるところまで来ているはずなのに、その先には大きな結界があった。それは届きそうで届かない大きな壁。誰にも分からない自分だけにしか分かるはずのない壁だった。
 その壁の存在を知ることのできない早良に、ゆう気など持てるはずもない。勇気が持てないのが理由だとは分かっても、どうして自分にその勇気を持つことができないのかが分からない。要するに、何をしていいのか分からないのだ。
 だから、声を掛けられることだけしか友人を作ることができない。しかも、声を掛けてくれた相手に、不快感を与えることもしょっちゅう。
「声なんか掛けなければよかった」
 と相手に思わせるのがオチ、お互いに気まずい思いをするという最悪の結果にしかなりえなかったのだ。
 それでも、大学というところには、奇人変人はいるもので、早良と話が合う人もいたりした。早良は自分の考えがかなり偏っていることを自覚していた。しかも、考えが急にいろいろと飛んでしまって、収拾がつかなくなることも珍しくない。
 そんな早良と話をしていて、
「やっぱりお前とは話が合うな」
 と言ってくれる人もいた。
 早良にとってそれが至福の時であった。
「そう言ってくれるのはお前だけだよ」
 と言って、ホッとした気分になっていた。
 この言葉は彼の本音でもある。他にも同じようなことを言ってくれる人もいたが、その瞬間には目の前にいるその人だけだ。だから、彼の中では、
――あながち間違ったことは言っていない――
 という自覚があるので、相手にもそれが伝わるのか、お世辞だとは思っておらず、相手もその返答に喜びを感じていた。
 ただ珍しいことに、
「友達の友達は友達だ」
 という言葉は彼には通用しない。
 早良の友達に小泉がいるが、小泉には、早良に他に友人がいるのは分かっているが、どこの誰なのかは知らない。だから、他の友人も、早良の友人に小泉がいると知っている人はいないのではないだろうか。
――こんなことってあるんだろうか?
 自分でも不思議な環境に、最初は戸惑っていた早良だったが、慣れてくると、
――これはこれでいいのかも知れないな――
 と感じるようになっていた。
 そんな時、早良は友達がいなくてもいいように思える時を自分で感じていた。
作品名:異時間同一次元 作家名:森本晃次