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――凛――
令和元年八月――

 ホテルの密室で絨毯の上で三十代の男性が膝をついてしゃがみこみ、私に頼みこむ。
「リーン様。リーン様。いつもの。いつものやって下さい」
「いつもの。うーん。そうねえ。じゃあ、まず私の足をなめなさい」
「はい。リーン様」
 男が私に従うと、急に私はその太った男の醜い容姿が腹立たしくなり、足を払いのけ、その男の顔をける。
「痛っ。リーン様。リーン様」男は泣きじゃくる。
「リーン様この間はあんなに優しかったのに」
「調子に乗るなよ。あなたみたいなブ男が私と遊んでもらってるんだから。ほら。じゃあ、また、私の足をなめなさい」
「リーン様。いつものやってくれないんですか?」
「あなた、頭の病気持ってるんだってねえ」
「はい。精神障害者等級一級です。障害年金をもらっています。年金のすべてはリーン様のCDやグッズ。コンサートに使わせてもらってます」
「そう。いい子。じゃあ、ベッドに来ていいわ」
「ああ、リーン様。ああリーン様もう我慢できない」
 男は私に抱きつこうとし、とっさに私は男を平手打ちした。
「リーン様、どうして。リーン様、どうして」男は泣きじゃくる。
「こっちに来なさい。ほら。いいよ」
 男は私の胸に顔をうずめる。
「よし。いい子。いい子」
「リーン様温かい。なんてありがたいんだ。嬉しいです」
「いいのよ。いつものやってあげる。その代わり、私の言うことを復唱しなさい」
「はい何でも従います」「何でも従う?」
「はい。リーン様のためなら何でも従います」
「じゃあ、私があなたに死ねって言ったらあなた死ぬの?」
 男は黙った。男の視線は私から離れておろおろしている。
「どうなの?私が死ねって言ったら死ぬの?」
「でも、リーン様。リーン様は死ねなんて言わないですよね?」
「どうなの死ねないの?私の言うことが聞けないってわけ?」
 私はイライラしながら声を張り上げた。
「はい。リーン様が死ねと言ったら、僕死にます。リーン様の言うことなら何でも従います」
「じゃあ、そこで上着を脱ぎなさい」「はい」
「醜い身体」「リーン様」
「まあいいわ。こっちに来なさい。そして私の言うことを復唱しなさい」
「はい」
「私は醜い人間です」
「私は醜い人間です」
「にもかかわらず私に遊んでもらってます」
「にもかかわらずリーン様に遊んでもらってます」
「私は人間のクズです」
「私は人間のクズです」
「よく言えたわね」「ああリーン様」私は男を受け入れた。
「おお。いい子。お前は可哀相な子。みんなが悪いのよね。世の中が悪いのよね。お前は悪くない。私はお前の味方。いい子。いい子。お前は可哀想な子。私はあなたの気持がよく分かるわ。いい子。いい子」  
「リーン様いつものは?」「どうしようかな」「ずるいリーン様」

 次の日事務所から呼び出しがあった。最近では新しい契約をするとき以外は滅多に事務所に行くことはない。私は待ちながらいつもの北区でのニュースを携帯で検索する。しかしそこにはいつも通りこのページは閲覧できないようになっていますと出る。いつもそうだ。以前何の気なしに誕生日の私の生まれた平成十年七月十日のニュースを検索したら、なぜか必ず検索できないので気になっているのだ。北区で何かあったらしい。こういつも必ず検索できないのは不思議だ。よほど大きな力で、何者かが、このニュースを封印しているかのように思える。何か大きな力で。北区で何があったのか。そのときドアが開き、社長が入ってきた。
「やあ、リーンちゃん。まあ、座って。座って」「はい」
「リーンちゃん手短に話すけど、まあ、つまり、君のスキャンダルのことだがね」
「スキャンダル?」「心当たりはないかね?」
「私は何も。スキャンダルになるようなことは」
「しかし、現にこれだけの週刊誌に写真が出てるんだ。それも事務所の社員から聞くと、これはファンの男たちだって」
「写真ですか?そんなの今の時代なら、素人でもCGで写真を作れます。私のファンがやったんでしょう?二十秒の握手じゃ飽き足らず」
「そうか、それが真相か。とにかく記者会見には君一人で臨んでくれ」
「はい。分かりました」
 記者会見の場に出て、私は報道陣に囲まれた。
「リーンさん。ファンとの行き過ぎた関係をもっているという情報がありますが。その辺はどうなんでしょうか?」
「あの二十秒の握手会で二十秒を過ぎて、一緒にはしゃいで話し込んじゃったときもあったと思います。その点は反省してます」
「そのことではなくてですね。ホテルに入っていくリーンさんの姿を目撃してる人が複数いるんですよ」
「フェイク動画から話が広がったのだと思います」
「リーンさん。じゃあ、今流れている写真や動画はすべてフェイクだと」
「はい」
「目撃した人の証言も多数あるのですが」
「顔を出さない人の証言を信じられるのでしょうか?私現場に行くので」
「リーンさん。ちょっと待ってください。リーンさん」
 報道陣に囲まれるが、それをかき分け記者会見の場から離れた。
 
次の日千葉の木更津で握手会があった。千二百人程のファンが集まっている。一人二十秒で、無駄なく回れば、メンバー五人で二時間あれば終わる予定だ。みんなCDについてる握手会の参加券をもって、並ぶ。一人二十秒、そのスタンスを変えずにみんな無駄なく握手をする。
「いいよ。リーンちゃん。順調だ。リーンちゃんの列が一番長いからまきでお願いします」マネージャーが私に言い、私は目で合図をする。
 ファンはほとんど十代後半、二十代、三十代、四十代男性だ。女の子のファンは少ない。たまにモデルのような可愛い女の子が並び、
「私ファンなんです。リーンちゃんのように可愛くなりたくて」
 本当は勝負でもするつもりだろうと思われる二十代女性も来ることがあるが、私の一番嫌いなタイプだ。
 そのとき四十代後半と思われる、おばさんが私の前に立っていた。
 握手をしようと私が手を差し出したが、その四十代後半と思われる女性は手を出さない。
 ずーと黙って私のことをじっと見ている。虚ろな、何もかもに疲れ切ったような、恨めしい目で、私を凝視する。
「あの……」私がそう言うと、
「私の子供は障害者の等級一級です」
 女はじっと私を凝視する。そして女は言った。
「私はあなたが恐ろしい」
 女は私にそう言った。もう三十秒が経ったろうか、
スタッフが、「はい、どんどん行ってください」そう言っても女は動かない。スタッフは少しイライラしている。
「二十秒までです。すいません。はい。どんどん行ってください」
 女は依然として動かない。つかえている後ろの列から、
「オイ、ババア、マナー守れよ」「オイ後ろつかえてんだぞ」
 後ろの列の方からクレームで騒々しくなった。二人のスタッフは、強引に女の腕をつかみ、女を私から引き離し連れて行く。その間も女は私の方を振り向き、じっと私を凝視する。
じっと私を凝視する。
作品名:リピート 作家名:松橋健一