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――凛――
令和元年六月――

「全国ツアーを終え、女優、タレントとしても活躍中のアイドルユニット、メロンクリームのセンターを務めるリーンさんが、朝ステに来てくれました」
「よろしくお願いします」
 私はレギュラーキャストの先輩たちに挨拶する。凛という名前からリーンと名付けられた。今どのカメラに赤い点灯があるかをチェックし、どれが回っているかを確かめ、カメラに向けて挨拶をする。
「いやーリーンさん。女優、タレント、アイドルとマルチな才能を発揮しているリーンさんですが、それにしても足ながっ、顔ちっちゃ。本当平成の終わりから令和にかけてすごい人気急上昇で。いや、ここ、一年くらいから急にテレビに出てきたもんね」
 私は司会者の堤ジョージさんの言葉に“そんな甘いもんじゃないだろ”と心で思いながら、内にとどめた。
「いえ、活動自体五年くらいやってるんで地上波のテレビに出たのがここ最近で。他いろいろあるんですけど昔は低迷してて握手会とかも十人くらいしか来ないときもあって」
「そうですよ。堤さん。アイドルも一夜にして売れるもんじゃないんですよ。ねえリーンちゃん。リーンちゃんは子役をやってた時代もあるから、この業界長いでしょ?」女性キャスターの清瀬マミさんが言う。
「いえ、いえ、私はまだ駆け出しのアイドルみたいなもので握手会とかは大切にしたいと思っているし、ファンの人に支えられている思いを忘れたら終わりかなって」
 堤ジョージさんが、「握手会、今もやっているの?リーンさんたち」
 清瀬さんは堤さんの質問に割って入り、
「はい。そのリーンさんのアイドルユニット、メロンクリームの握手会なのですが、大変話題になってまして、こんなに売れていても握手会に一人当たりの時間が二十秒と大変長い時間をとってまして、握手会だけで、四、五時間かかっているということでですね」
「握手会に二十秒?普通ここまで売れると二秒とかで、はい、行って行って、とかになっちゃうでしょ?何か自転車操業的な?はいジャマジャマみたいな」
「そうなんですよ。そのメロンクリームさんたちのファンへのサービス精神と熱い思いが熱烈なファンの……」
 私は今日スタジオで歌わないが、ドラマの番宣がある。今朝、ハイエースの中でメイクをしながら暗記したドラマの告知のフレーズを何度も頭の中で回想し、そして段取り通り私に振られる。
 番宣を言い切った。私は荷が下りて、やっと楽になった。ドラマのために大勢のスタッフと、キャスト、エキストラで地方の廃校になった学校や大学講義室や食堂を貸し切って撮影したりする。そんなドラマの番宣を一人の二十歳の女優に任せるのは重荷だ。私がとちることで視聴率が下がったら……
「今日は本当に忙しい中来て下さいましてありがとうございました。はい、メロンクリームのリーンさんでした」
「ありがとうございます」
 私は司会者の堤さん、キャスターの清瀬さんたちに、頭を下げ、スタジオから通路を抜けて、楽屋に入って行った。分刻みのスケジュールだ。次の仕事がある。この後のロケの台本を思い出す。私は主演なので、毎日撮影する。しかしむしろ、その周りのキャストなどは、他のスケジュールの兼ね合いもあって、毎日来ている私よりほかのキャストのスケジュールを優先する。私の撮影はいつでもできるから、周りのキャストのスケジュールが決定次第、そのキャストとの絡みのシーンを撮る。だから急に撮影する台本のページが変わることがある。
「リーンさん。今日は予定通りここのシーンからの撮影です」
 メインのマネージャーの脇谷さんは私に言う。母もマネージャーをしているが、母は業界には素人で、仕事の取り方もわからないから、マネージャーはほとんどこの脇谷さんが務める。母のやっていることは金銭管理くらいだ。
「リーンさん」
 脇谷さんが険しい顔で私を見る。
「今日の週刊誌『シャッター』の記事なんですが……」
“アイドルユニットメロンクリームのリーン、ファンとの密会デート”
 その記事が私の目に入る。
「動画も撮られてまして」
「フェイク動画でしょ?どうせ、あなた、そんなの信じるの?」
 私はきっと脇谷を睨みつけた。
「すいません。でも……何というか記事があまりにも生々しくて……」
 私は週刊誌を見た。リーンと三十代と思われる体系もだらしなく太った秋葉系タイプの男性とホテルに入っていく写真が掲載されている。
 記事の言葉が私の目に入る。
“ファンとのホテル密会デート”“ファンにホテルでご奉仕”“メロンクリームのリーンサービスやり過ぎ”“そこまでして売れたいか”“メロンクリームのリーンはゲテモノ食い?”
 私は週刊誌を閉じて車の中で鏡に映った自分を凝視した。頭の中であの言葉を回想する。
“お母さん私を殺さないで”
“お母さん私を殺さないで”
“お母さん私を殺さないで”
作品名:リピート 作家名:松橋健一