リピート
――宏美――
平成九年十月――
厚木基地ハロウィンイベント
電柱に貼ってあったその貼り紙が私を惹きつけた。
日本人も参加できる。厚木のハイツに引っ越してもう四年も経つが、厚木基地の中へ入ったことは一度もない。
基地の人間と思われる短髪刈り上げの外国人を街で見かけることはあるが、話しかけることも、かけられることもない。
どうせ捨てるものなんて何もないんだから。
私は長身の外国人の男性とスーパーで一緒に買い物をしている姿を想像する。肉も独り暮らしではないのだからけちることもなく、なんでもビッグサイズだ。二人で土曜の夕方、調理をする。そして明日の日曜日にどこに行こうか、話し合う。
彼がギターでも持って行って、公園でも行こうかと提案する。グッドアイディアそれ賛成、と私は英語で返す。英語……そうだ、私は英語を話せない……どうしよう……どうしよう……私は貼り紙の主催者のアレックという人の電話番号をメモにとり家に帰った。夕飯は食べたので牛乳を飲み、プッシュ式の電話の前に正座で座る。
英語も話せないくせに。
まるで電話が私にそういったようにも思えた。
五分が経つ。十分が経つ。三十分が経ったが、私には、とても勇気が出なかった。
そのときだった。トゥルルルルルル、トゥルルルルルル。
電話が私の耳へ静まり返った空気を打ち破るかのように鳴り響く。
「何で?」
不思議だが勇気を出して受話器を取る。
「はいもしもし」
「あっ宏美、私、翼、今日はありがとうね」「うん」
そう、私のことを知らない外国人が私の家に電話をかけられるなどのカルト的なことは起こるはずがない。自分の愚かさに呆れながら、
「翼、どうしたの?」
私は無理に明るさを装いながら、翼に聞き返す。
「ごめんね。今日は独り身の宏美の前でみんな結婚の話で盛り上がっちゃって」
“余計なお世話だ”
「ううん」
「奈保も真由美もあんまりだよね。宏美のいる前で、あんな、十七、八の小娘みたいに盛り上がっちゃってさ。宏美のこと考えてないよね」
“だから、そういうのが余計だっつーの”
「私たちも最初は一人だったのよ。でも全然悪いことじゃないわ。みんな孤独なのよ。きっとあと一年も二年もすれば宏美にも神様が素敵な人と引き合わせてくれるわよ。ただ問題は高望みしないこと。私も昔、高望みしてて、そのときは全然出会いなくて、ねえ、きっと宏美にも幸せがやってくるわよ。気落ちしないでね」
私は疲れながらも、まるで私が翼の話を聴いてあげているような体で、一時間も話をした。そしてやっと受話器を置くと、ほっとした。
ああもうたくさん。
そのとき、私の指はひとりでに動いていた。
ピッポッパッ、プッシュ式の電話を、何に後押しされたかも分からず、必死に押し続けていた。あと、一年、二年も待つなんていや。すぐにでも幸せになってやる。高望みだってしてやる。
0×―××××―××××私はそこに電話した。
プゥルルルルルルル、プゥルルルルルルル、五回、六回、七回、八回私は電話の前で、向こうが出てくれるのを待った。九回目。
ガチャ「ハイ?」私は戸惑いながらも、
「アア、エクスキューズミー」
「イエス?」
「アア、エクスキューズミー、バット」
「イエス?」
「ああ、エクスキューズミー……あの……あの……ハロウィン……」
「オーアイゴットイット。あの日本語でいいですよ」
「ああ、すいません。あのーハロウィンのイベントに参加ジョインすることは可能でしょうか?キャンアイ、アーアノー」
「イエス、オフコース。私はアレックです。一応電話番号とお名前、生年月日、住所を教えてもらえませんか?」「はい」
私は言われたことをすべて日本語で伝えた。
「このイベントを何で知りましたか?……一応ご職業を教えてくれませんか?……あと英語のスキルと……」
「ハロウィンは街の電柱の貼り紙で知りました。職業は会社員です。事務職をしています。それと英語は……英検三級しかなくて……」
「大丈夫。ノープロブラム。私日本語話せるから心配しないで」
「あの本当に参加できるんでしょうか?」
「ID身分証明書かパスポートは持ってますか?」
「あのパスポートはないのですが、運転免許証が……」
「運転免許証があれば大丈夫です。参加できます。参加費は三千五百円、コスチュームは自由です。それと……」
アレックという彼は私に詳細を教えてくれた。そして私は受話器を置いた。外国人の彼、まさか、私……どうしよう、まだ何も始まっていないのに胸がドキドキする。