百代目閻魔は女装する美少女?【第ニ章】
「ま、まさか、『お』のつくあれか?」
「そ、そうよ。鈍い頭でもようやくたどり着いたわね。」
「オンブズマン制度。」
「殺されたいらしいわね。」
「オンブズマン制度は大事だぞ。これであるからこそ、一般大衆はあこぎな行政に鉄槌を喰わせることができるんだぞ。」
「そ。よくわかってるじゃない。じゃあ、乗るね。」
『どっこいしょ』。由梨はオレの背中に貼り着いた。由梨は小柄なので、亀の甲羅状態。ある意味、(一応精神は)男子にとって、女子を背負うなど、憧れの極みである。だが、オレの背中の感触はまさに亀の腹であった。
『ボカボカボカボカ』。オレの頭はドラムになったらしい。
ここで、例の不等式を修正しなければならない。
閻魔大王ⅤオレⅤ桃羅Ⅴ由梨(それもダントツ最下位)
『バキューン』。オレは首に凶悪な銃弾を受けて殉死した?
とにかく、由梨を背負ったオレは文字通り『おんぶズマン』になってしまった。
この状態で、階段を上るのはさすがにきつかった。『ぜえぜえ』と息をきらしながら、ようやく真っ暗の美術室に到着した。力石ト○ルに敗れたジョーのように、両手を床につけたオレ。
「何よ、日頃の鍛え方が足りないからこうなるのよ。だらしないわね。」
労いの言葉もないことがひどく悲しかったが、それよりも疲れ方がひどいことに大いなる違和感を覚えた。こんなに疲労するのはおかしい。そしてその原因に気がついた。これこそ、女の子のからだなんだ。か弱い少女になって、初めて女の子というものを理解した。そう思考を進める過程で、由梨の『おんぶズマン』になったことは間違っていないという結論に至った。女の子はいたわらなければならない、少々性格が某メジャーリーガーばりのスライダーであったとしても。
「やっと目的地に着いたな。さあ、これからどうすればいいんだ。」
疲れたからだを少し休めたいと思いながら、由梨に問いかけた。
「この絵、すごくきれいだわ。」
由梨はオレの言葉をスルー。それどころか、視線は壁にかけてある絵に向かっていた。
「これも、これも、あれも。みんなすごくいい絵だらけだわ。」
「お前、絵のことわかるのか。」
そう言いながら、オレは絵がひどく不自然に感じられた。どうしてだろう。確かにひとつひとつはいい絵だ。美術室に飾られるくらいの代物だ。仮にここの生徒が描いたものであったとしても、優秀な作品であるには違いあるまい。人物画、静物画、風景画、抽象画など多数ある。しかし、その絵にある共通項があることに気付いてしまった。それが不自然なのである。
「ほんと、どの絵も超ウルトラスーパーセレブが描かれているわ。」
そう。すべての絵に由梨が登場している。人物画は由梨そのもの、静物画ではリンゴの真ん中は由梨の顔、風景画では雲が由梨の頭の形、抽象画に至っては、何が描かれてるか素人にはわかりづらいがドットで由梨の顔が逆さまに描かれている。しかも、何だかその絵軍団から聞えてくる。
『べ、ベツニミテホシイッテワケジャナインダカラネッ!』
由梨にはどう聞こえているのかわからない。本人はひたすら『美の極致だわ』とぶつぶつとお経のように唱えている。
「これってヤバくないか?」
さすがにオレも不安になって由梨に尋ねた。
「えっ?なんのこと?これのどこがヤバいのよ?」
「で、でもすべての絵がお前になってるぞ。」
「何、わけのわからないこと言ってるのよ。頭、豆腐の角にでもぶつけたの?どこが変なのよ。」
そう言われて、改めて絵を見た。由梨はどこにも描かれていなかった。よく考えてみれば、由梨は今日初めてこの春学に来たのだから、彼女を描いた絵があろうはずもない。どうやら、おんぶズマンになって、勤続疲労が出たらしい。落ち着こう。
「み、水をくれ。」
とりあえず、人間として最低限の要求をしてみた。ここは美術室だ。飲料水はないだろうし、由梨が気を利かせてすでにどこからか汲んできてくれているなどということは、地軸が逆転するくらいないだろうと思いながらの発言である。
「ほら、どうぞ。べ、別にあんたのために用意してたんじゃないんだからねっ。」
「えっ。」
差しだされたペットボトルに思わず言葉を失ったオレ。授業で先生に当てられて、いつもわかっているのに解答を飲み込んでしまう?癖がついている(強気)。マジか?マジカルか?目を擦ってみる。
「何してんのよ。早くとりなさいよ。」
「あ、ありがとう。」
砂漠にオアシスとはこのことだ。でも何か違う。由梨は水着だったはず。こんなものを入れる場所はなかった。あとは魔法でもつかわないと。それはアリだ。しかし、そんな疑問は下らないことだとすぐにわかった。
「ちょ、ちょっと、都。誰と話してるの。」
ついに、名前で呼んでくれた。と喜んでる場合ではない。オレに水をくれた相手は人間ではなかった。もっとも、由梨も人間ではないが。そいつは、無機物だった。という説明では意味不明だろう。簡単に言えば、ビーナスの彫像。美術室では定番だろう。白い石膏像だ。顔は由梨だが、ボディはビーナス。由梨、喜べ。ナイスバディを神がくれたぞ。
『ベシッ』。本物の由梨からの軽い攻撃。すでにユーホーキャッチャーはなく、剣になっていて、その柄の部分でオレの後頭部を打撃。
「刃の方じゃないだけ喜びなさいよ。」
由梨の話を聞いているどころじゃない。
そもそもビーナス像には両手、両足がないはず。だが、こいつにはあった。要は化け物だ。顔は由梨、両手、両足は軟体動物という実に不気味な姿を晒している。
『シャアアアア』。奇妙な声をあげて、こちらに近づいてくる。由梨顔がだんだん怒りに満ちてくる。いやそうではない。変貌しているのだ。目は鋭く斜めに切れあがり、瞳は縦に細くなっている。口は大きく広がっていき、その中から何やら細く赤いひも状のものが出てきている。髪はごわごわと膨れ上がり、しかもその毛はホースのように太くなり、先端が膨張したかと思うと、先がぱっくり割れた。そこからも口元と同じように、紅の細長い何かが波打っている。つまり、顔と髪の毛がトカゲ目ヘビ亜目。いわゆるメデューサだ。
「きゃあああああああ~!」
由梨は恐怖に耐えかねて、悲鳴を上げた。顔を梅干しのように顰めて、両手で頭を押さえている。
「おい、大丈夫か。」
「だ、大丈夫じゃないわ。今激しく交戦準備中。手出しは無用なんだからねっ。か、からだが動かないわ。もう敵を追い詰めたわ。」
うずくまっても声だけは出している由梨。文脈は乱れている。戦闘不能だ。これはオレが闘うしかない。しかし、武器はない。とりあえず、由梨の剣を強奪し、メデューサに向かっていく。胴体は固そうなので、頭部を狙う。右から剣を振り降ろす。髪の毛になっている蛇がぱらぱらと落ちる。
「やったか?」
作品名:百代目閻魔は女装する美少女?【第ニ章】 作家名:木mori