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火曜日の幻想譚

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22.こだわり?



 私が働く老人ホームに、Sさんが入所してきました。Sさんは、つい昨年までこのホームでパートとして働いていた男性です。
 働いていた頃のSさんは、融通が利く方ではありませんでしたが、指示はきちんと守る真面目な方だったようです。ですが、高齢で体調が優れないことが多くなり退職した、と当時を知る同僚から聞きました。

 その後、仕事を辞めたせいか急速に認知症が進行してしまい、今こうしてかつての職場に戻ってきたのです。
「一緒に仕事をしていた方々に囲まれていた方が、良いかと思いましてね」
Sさんのご家族も、このホームへの入所を希望していたようで、長い順番待ちを辛抱強く待っていてくださったようです。


 さて、そうして始まったSさんのホームでの生活ですが、いきなり初日から波乱が起こりました。

「シーツをもっときちんと伸ばしてください!」
「シーツをもっときちんと伸ばしてください!!」
「シーツをもっときちんと伸ばしてください!!!」

Sさんは、しつこく職員にシーツを伸ばすよう注意するのです。おかげで、その日はシーツ交換の時間が大幅に遅れてしまいました。結局、担当外の私たちも駆り出されて、何とか間に合わせるという体たらくでした。

「これは、大変な利用者さんがやってきたぞ」

私たちは戦慄しました。確かに、元職員という立場なら、手を抜いたこともすぐわかってしまうわけです。もちろん、手を抜いているつもりはありません。ですが、私たちも人間です。勤務時間中、常に気を張っているのはさすがに難しいのです。

 こうしてみな、戦々恐々とした気持ちで、二日目を迎えたのです。

 しかし、二日目は意外にも何も起こりませんでした。Sさんは、一日ニコニコとして過ごし、神経質な様子は一切ありませんでした。翌日も、翌々日も、Sさんはニコニコして、レクリエーションにも楽しく参加しています。

「きっと、入所初日で落ち着かなかったんだな」

私たちがそう結論付けようとした、まさにその日の入浴中のことでした。

「滑らないようにしっかりと足を拭いてください!」
「滑らないようにしっかりと足を拭いてください!!」
「滑らないようにしっかりと足を拭いてください!!!」

今度は、何度拭いても足を拭くよう注意するのです。


 これ以降も、Sさんは忘れたころに職員に注意をするのです。私たちは、Sさんの行状に、すっかり困り果ててしまいました。
 いったい何が、Sさんをそうさせているんでしょうか? そう思いながら、それとなくシフト表を眺めていたとき、気付いたことがありました。

 Sさんの注意の被害(?)を受けているのは、3人の女性です。3人全員、Sさんが勤めていたころからこのホームで働いていました。……もしかしたら昔、彼女らとSさんとの間に、何かがあったのではないでしょうか。

 その推測を確かめようと、出勤したその日。Sさんに注意を受けていた3人の女性が、同時に退職願を出していました。
 私は、3人のうちの1人に、時間をとって話を聞く機会を得ました。彼女は、最初話したがりませんでしたが、やがて口を開いたのです。

 その話によると、3人はSさんに仕事を教えていたそうです。そして、どうやらそれに問題があったようなのです。その教えぶりは、それこそ今Sさんが彼女らにしているように、作業の一挙手一投足を何度も何度も注意するというものだったり、あえて矛盾するような指示を出したりする、いわゆる「パワハラ」や「いじめ」のようなものだったようです。

「細かくて真面目な人だったから、ついつい楽しくなっちゃったんだ」

きっとSさんは、病が進行してもこの指導(?)だけは忘れられなかったのでしょう。その女性は、こんな形で復讐されるとは思っていなかったとばかりにうなだれました。


 3人が辞めた後、Sさんが職員に注意することはなくなりました。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔