火曜日の幻想譚
31.目
ムボンギは焦っていた。絶対にドンガロを殺害した犯人を探し出す、その一心だった。
ムボンギがいる部族には、奇妙な掟が存在している。それは、なんらかの罪を犯した場合、その罪の軽重を問わず目を潰すというものである。具体的には、一回目の罪で片方の目を、二回目の罪でもう片方の目を、そして三回目の罪で縛り首に。このように、この部族の刑法は至ってシンプルにできているのだ。窃盗三回でも殺人三回でも行き着く先は同じ、と考えると不公平な気がしなくもない。だが、とにかくこの掟によって、この部族は治安を維持してきたのである。
ムボンギは、すでに一度罪を犯し片目を失っていた。既婚の女と寝たというのがその罪状だが、真相はどうも女の方から言い寄ったらしい。だが、ムボンギが据え膳を喰おうとしないので、悔しくて女が訴え出たというのが専らの噂だった。
そんな冤罪と思しき前科で片目を失ったムボンギが、友人のドンガロ宅を訪れた時のことだった。目以外の全てを布で覆った不審者が、慌てて走り去っていくのが目に留まる。唯一露わになっていた特徴的な目を脳裏に刻みつつドンガロ宅に入ると、すでに友人は血まみれで絶息していた。
ドンガロが殺されたことを伝えに、ムボンギは急いで首長の館へと赴いた。首長は普段、祈祷などに集中するため奥の間にこもりきりで、側近以外に顔を見せることはない。今回も、側近を通して事の顛末を首長に報告し、判断を仰いだ。その結果、
『ドンガロを殺した犯人を知るのはムボンギ、汝のみだ。
汝、三日後の日没までに犯人を探し出せ。
探し出せぬ場合、代わりに汝の目を潰すこととする』
とのお達しを受けたのである。
既に三日目になっていた。この陽が沈めば刻限となる。
この三日間、ムボンギは精力的に動き回り、部族内の八割の人間と対面した。だがそれでも、あの特徴的な目の持ち主には出会えていない。
「あと一日あれば、部族の全員と会うことができる。必ず犯人は見つかる」
ムボンギは、一日の猶予を乞う為に、再び首長の館の前に立っていた。
『首長のお告げは絶対だ。延期はできぬ』
側近のつれない回答に対して、ムボンギは諦めずに懇願する。
「ここで自分の目を潰せば、犯人は永遠に野放しになってしまう」
「犯人を見つけた後、私の目を潰しても構わない。なんなら縛り首になってもいい」
ムボンギは、それこそ命をも投げ出す覚悟で譲歩を引き出そうとした。それでも、側近はうんと言わなかった。
「こうなったら、直談判してやる」
刻限の日没となり、ムボンギは怒りにまかせて側近を押しのけ、首長の部屋に躍り込む。そして初めて首長の顔を見た。
あの『目』の持ち主だった。
数日後、首長はドンガロ殺害とドンガロの資産強奪の二犯で、両目を潰されたものの死は免れた。ムボンギは、刻限までに犯人を探せなかった罪(罪人だったとはいえ、首長のお告げは絶対である)と首長の部屋への無断侵入の二犯で、残った目を潰された後、縛り首となった。
だが、この裁定を不憫に思った部族の面々が立ち上がり、程なくしてムボンギの名誉は回復された。それと同時に、部族内で掟改正の機運も高まっていき、ほどなくしてこの掟は廃止となった。