火曜日の幻想譚
32.戸棚の中
学校から帰ってきたら、テーブルにお母さんからの書置きがあった。
「戸棚に何かがいます。開けないでください」
なんだこれ。いつもはおやつを置いといてくれるのに。振り返って戸棚を見ると、確かにゴトゴト揺れている。なんか怖いので、戸棚のことは気にせず遊びに行くことにした。
遊び終わって家に帰ってきてからも、戸棚は開け放されていない。買い物から帰ってきたお母さんも、ゴトゴト音を立てる戸棚を気にせず夕食の支度をしている。何か、聞いてはいけないような気がしたので、そのまま僕は黙って自分の部屋へと足を運んだ。
夕食の時間になり、お父さんとお姉ちゃんが帰ってきても、誰も戸棚のことは意に介さない。僕の後ろでまた、戸棚がゴトゴトと音を立てる。後ろが見られない僕は、気が気でない。でも、3人は気にせず焼魚の骨を取っている。
翌日になっても、何も変わらない。戸棚はゴトゴト音を立て続ける。僕はお姉ちゃんと一緒にこれから学校に行くし、お父さんはもうすでに会社に行っているし、お母さんは朝食の洗い物をしている。
……それから、長い年月が流れた。
父さんも母さんも、姉すらももうこの世にはいない。戸棚は今も、ゴトゴトと音を立て続けている。
すっかり年老いたわしは、戸棚の中身をせめてもの冥途の土産にしようと、取っ手に手をかけ一気に開いた。
「にゃー」
そうだ、忘れていた。母さんに飼うのを許してもらおうと思って、言いそびれていたねこ。ねこは、そんなわしを恨むような様子もなく、悠々と戸棚を降りてわが家を出て行った。そのお尻には、あの時一本だった尻尾が二本、ふるふると揺れていた。