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火曜日の幻想譚

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112.とうふを切る



 みそ汁を作るとき、よくとうふを入れるだろう。

 あのとき、手の上でとうふを切る人がいる。あれが、とても怖い。

 自分でもみそ汁を作るが、怖くてやったことがない。いつもまな板の上でとうふを切り、滑らせるようにして鍋へと入れている。まあ、別にこれでこと足りるのだが、やっぱりなんか決まりが悪い。

「包丁は押したり引いたりして切れるものだから、当てるだけなら切れないよ」

そういう説明を何度も受けてきたのだが、それでできるようになるなら苦労しない。

 だが、ある種の危うさというものは、同時に魅力をも秘めているものだ。あれができたら、さぞかしかっこいいだろう。別に誰かに見せるわけではないが、そんなふうにも思う。

 この問題を解決するには、どうすればいいだろうか。考え込んだ結果、一つの手を思いついた。

 一度失敗して、手を切ってしまえばいい。失敗して、手のひらに赤い筋がうっすらとにじむのが怖いのだ。だが実際に切ってみたら、それほど痛くはないに違いない。それに利き手ではない左手だ、生活への影響もそれほどないだろう。

 ということで、夕食にみそ汁を作ることにした。

 煮干しで出汁をとり、とうふの他にわかめを用意する。煮立ったので煮干しを取り出し、いよいよ豆腐を入れる番だ。緊張の面持ちでとうふを左手に乗せ、右手に包丁を握る。いつものまな板でやってしまおうかという思いが頭をよぎるが、それをどうにか振り払う。

 ゆっくりととうふに刃を沈めていく。そして、とうふと手の境界線でピタリと止める。そこで何度か、包丁をゴシゴシと前後させる。それから上に戻して、数センチ隣で同じ動作を繰り返す。全然痛みはない、それどころか、血の出てる様子もない。

「思ったより、大したことなかったな」

今までやらなかったのが、急に恥ずかしくなってくる。そんなことを考えているうちにとうふを切り終わり、あとは鍋へと入れるだけとなった。

「よっ、と」

左手を傾け、とうふが鍋へと落ちていくその瞬間。

「え?」

第1、第2、第3の指の間接が、とうふとともに鍋へと落ちていく。手のひらも、先ほど切ったとうふ大で、鍋の中へと沈み込む。

 残るは、その先を失った手首だけ。

「…………」

 ただただあぜんとしながら、血が吹き出す左手首と赤茶けた鍋の中を見つめていた。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔