火曜日の幻想譚
33.悪魔の言い分
古来より、世界のあらゆるものには精が宿ってきた。水の精、土の精、火の精、風の精……。太陽や暴風雨といった気象、嫉妬や性愛といった心情をつかさどるものすらいる。
じゃあ、ちょっと前に話題になった、あの薬品。フッ化水素の精なんてのはいるのだろうか。フッ化水素自体は、確か18世紀後半ごろに発見されている。だが、その頃はすでに産業革命が起こっており、悪魔学なんてものは衰退している時分だ。
でも、あれこれ考えていても真実はわからない。実際に悪魔を呼び出して、聞いてみることにした。
仰々しい魔方陣を描いて、生贄の鶏肉をキロ単位で捧げる。すると、おどろおどろしい悪魔が現れた。
「あのー、つかぬ事をお伺いしますが、例えばフッ化水素の精とか悪魔って、いるんですか?」
「あー、うん。今一人いるんだけど、まだ若手でね。修行中の身なんだわ」
「修行中ですか……」
「いやさ、汝も知ってると思うけど、あれ相当危険な薬品でしょ? 悪魔でもかなり手練れにならないと、ね」
「はあ」
「水とか風は結構楽なんだよ。土はちょっと大変、メジャー所では火が一番大変だけど、もうここらは十分ノウハウがあるから、量産も容易なんだよね」
「なるほど」
「でも、新しい分野はそうもいかないから、どうしても若い衆のやる気頼みになっちゃう。上も努力はしてるんだけどね……」
「あー、それ、わかります」
「あと、あんまりこういうこと言っちゃいけないんだけど、天使さんの方でも何人か訓練してるらしいよ。でもあっちも難航してるみたいだね」
「へぇ」
「だからどちらかが上手くいったら、知識を共有しようって上の方で話がついてる」
「そうなんですか」
「昔は敵対してたけど、今はお互い助け合わないとやってけないからね……」
純粋な疑問を聞いてみただけのつもりが、居酒屋で暗い話を聞かされている気分になっていた。