火曜日の幻想譚
34.白根さんは「見える」人
僕のクラスに、白根さんという女の子がいる。大人しくて、こう言うのもなんだけどあまり目立たない子だ。でも、彼女には特筆すべき能力が一つある。
「あら、そこにいたの」
「へえ、そうなのね」
突如、誰もいない虚空に向かって、こんなセリフを投げかける。何事かと聞いてみても、曖昧な笑みを浮かべるだけ。そう、白根さんは「見える」人なのだ。
大方の人は、この一点でもって、白根さんを「痛い奴」だと思うかもしれない。だが、白根さんが巧妙なのか、「見えている何か」が上手いことやっているのかわからないが、人が大勢いるところでは、白根さんはいたって大人しい。彼女が「見える」のは、必ず少数の人間といる時だけなのだ。それゆえ、彼女は「痛い奴」としていじめに遭うようことはなかったけど、僕らのように秘密を知っている人間には、どうしてもいぶかしげに見えてしまっていたんだ。
ある日、僕は白根さんと二人で、校舎の屋上でお弁当を食べていた。白根さんは相変わらず、僕のことそっちのけで「何か」と会話している。一緒にお昼に誘ったのに、すっかり蔑ろにされている僕は、少しむくれて言った。
「ねえ、白根さん。少しは僕の話も聞いてよ」
「ええ。聞いてるわよ」
目線は完全にこちらを向いていない。僕は悔しくて、挑発気味に白根さんに言ってやった。
「じゃあ、僕がこれから何を言おうとしてるかわかる?」
そんなに「見えている何か」が大事なら、そいつらにでも聞いてみろ。
「ええ」
白根さんは、相変わらずあらぬ方を向いてしれっと言った。
「私に告白するつもりなんでしょ」
「……!」
図星だった。
「でも、申し訳ないけど今はダメ。もう少ししたら、OKしても大丈夫かな」
そう言うと、お弁当箱を包んで屋上を出て行った。
その後、大学受験を終え、僕は白根さんとキャンパスで再会した。同じ大学を志望していたとは露ほども知らなかった僕は、嬉しさのあまり白根さんにまた告白した。今度は白根さんも、こっちの目をしっかり見て快諾してくれた。
でも、ずっと引っかかっていることがある。高校の屋上で告白を断られたのはなんだったんだろうか……。
……あ、そうか。僕はあの時、白根さんへの思いが募りすぎて、成績が下がっていたんだった。白根さんは、恐らく僕の志望している大学を風の噂で聞いていた。そして、ちゃんと勉強して一緒の大学に行けたら告白を受け入れると、遠回しに言ってくれたんだ。
白根さんとのデートで、僕は答え合わせのように白根さんに上記のことを話した。白根さんは、真顔で聞いていたが、話の終わりに
「うーん。30点かな」
と囁いた。どこが間違っていたんだろう? 考え込む僕に白根さんは、
「それもなくはなかったけど」
と前置きをして、すまなそうに言った。
「死んだ私の前彼、嫉妬深くて。まだ成仏してないあの時つきあってたら、あなた死んでたわ」