火曜日の幻想譚
35.鳩
鳩に餌でもやろうか。そう思って、僕は公園へと出かけた。
公園には、子連れのお母さん方と、何人かのご老体がいた。皆、それぞれボール遊びや世間話、日向ぼっこに興じている。僕も、公園の片隅のベンチに腰を掛け、先ほどコンビニで買ったパンを取り出した。それだけで、勘のいいハトはこちらへと歩みを進めてくる。
「ほーれっ」
僕は自分の口にもパン切れを放り込みながら、鳩の方へパンくずを投げる。すかさずそれに群がっていく鳩たち。
しばらくパンくずを放り投げていて、気づいたことがある。どうも一匹、パンくずに一切興味を示さない鳩がいる。
「あいつ、いったい何なんだ」
そいつの目の前にパンくずを投げてみる。しかし、そいつはまったく気にせず、パンくずは他の鳩についばまれた。
「なぁ、お前いらないのか?」
通じるわけもないのに思わず声をかけてしまう。すると、意外にも返事が返ってきた。
「無職の施しは、受けないわ」
そう言って、ツーンとすましている。お高くとまった、いけ好かない奴だ。
「おい、無職ってのは、偏見だろ。今日休みの人や、夜勤の人や、色々事情のある人がいるんだぜ」
「こんな時間に公園で餌を撒いているなんて、どうせ無職に決まってるわ」
「それに、謹慎中の人とか病気療養の人もいるし、主夫の可能性だってあるだろ」
どうにもけんか腰の平和の象徴にたじたじとなりながら、対話を続けていく。
「じゃ、あんた何なのよ。言ってみなさいよ」
「いや、俺は無職だし、馬鹿にされてもいいけどさ。そういう偏見で見るなって話だよ」
「ほら、そうじゃない。やっぱり無職じゃないのよ」
……なんか、周囲の空気が変わったような気がする。気が付くと、お母さんは子供を抱え、ご老体もおびえた様子で私から離れていた。
恐らく、鳩の言葉が聞き取れるのは、自分だけなんだろう。だから、一人でぶつぶつしゃべっているように見えて不審に思ったんだ。さらに、その内容が、無職がどうだこうだとか、そんな内容だ。そりゃまあ、避難されても仕方がないかもしれない。
そんな一人ぼっちになった俺を尻目に、先ほどの鳩は悠々と空へ飛び立っていった。