火曜日の幻想譚
40.線香花火
「線香花火、どっちが長持ちするか競争しよっか」
そう言って僕の彼女のさとみちゃんは、線香花火に火をつけました。そして、火のついた線香花火をつまんだまましゃがんで動きを止めます。
火を着けてから、十秒が経ちました。浴衣姿のさとみちゃんはじっと花火を見つめています。
火を着けてから、二十秒経ちました。さとみちゃんは後れ毛を少し気にしながら、やはり花火を見つめています。
三十秒経ちました。さとみちゃんは浴衣の裾の乱れを直します。まだまだ余裕みたいです。
一分が経ちました。花火が落ちてしまった僕に、さとみちゃんは勝利の笑みを贈ります。
一分三十秒。そろそろ、さとみちゃんにも緊張が走り始めます。
火を着けてから、三分。線香花火はとっくに消え、もう花火の持ち手しか残っていません。それでも、さとみちゃんは静止したままでした。
それから、一日、一週間、一ヶ月、一年、それだけの月日が経ってもさとみちゃんは動き出しません。
きっと僕がお爺ちゃんになっても、さとみちゃんは火の消えた線香花火を見つめているのかな。僕が死んでお墓に入った後も、この公園で変わらずに花火の持ち手を握っているのかな。いつか世界が滅びて地球が無くなっても、しゃがんだ体勢のままで宇宙にたゆたっているのかな。あてもなく宇宙を彷徨っていても、やっぱり線香花火を離すことはしないんだろうな。巨大な惑星に引き寄せられて、くるくると軌道を周回することになっても、浴衣はよく似合っているんだろうな。ブラックホールに吸い込まれて、気の遠くなるような時間が経ても、やっぱりしゃがんでいるのかな。ワームホールを抜けてホワイトホールから飛び出しても、あのかわいい下駄を履いたままなんだろうな。マルチバースのどこかで、線香花火のように瞬く星々に囲まれて、それでもさとみちゃんは、目の前の小さな小さな線香花火の先の燃えカスを見つめているのかな。
いつか気が遠くなるほどの時が経って、ビッグクランチが起きたら、また逢えるといいな。