火曜日の幻想譚
44.カニを喰らう
「カニ、喰おうぜ」
水戸順一は、山岸道雄の家の玄関前で、発泡スチロールの箱を抱えてそう言った。
五度目のインターフォンでやっと出てきた道雄は、欠伸をしながら目を擦り、いかにも寝起きといった風体だった。
「台所借りっぞ。あ、カニ三人分あっから、タケ呼ぼう」
順一はズカズカと上がりこんで、まだ眠そうな道雄にそう言い残し、台所に入る。道雄は再び欠伸をして、スマートフォンを手に取った。
「あ、タケモっちゃん? 暇? とりあえずうち来て。うん、じゃまた」
ほんの数語だけでタケモっちゃん――竹本明彦を呼び出した道雄は、こたつを兼ねたテーブルに座ってテレビを点けた。
道雄の家に再びインターフォンが鳴り響く。道雄は、のろのろとインターフォンを鳴らした主の明彦を招き入れ、これからカニを食べる事を話した。
「カニ? マジで? やった〜!」
明彦は、カニにありつける事を知って歓喜の声を上げる。
「タケ来た? ちょっとお前、カニ酢作るからお酢買ってきて。あと酒も」
喜びの最中に買い物を頼まれた明彦は、順一から金を受け取り、上機嫌で出かけていく。
「そうだ道雄、醤油ねえか?」
順一から問われた道雄は、台所下の収納を指差す。
「醤油、冷蔵庫入れとかないと。風味落ちるぞ」
醤油を取り出し、賞味期限を確認しながら順一が言う。
「どうせ、順ちゃんしか使わないから」
道雄は、気の無い返答をして部屋に戻り、テレビに向き直った。
「水戸さん、買ってきました」
勝手に扉を開けて明彦が入ってくる。完全にカニに浮かれていて、他人の家という事を忘れているようだ。
「お、サンキュ」
酢を受け取った順一は、そそくさと部屋に入ろうとする明彦を呼び止める。
「タケ、釣りとレシート。割り勘でいいな」
言われた明彦はポケットを弄り、釣銭とレシートを引っ張り出す。
「端数はいいや。お前ら1,200円」
支払いを要求する順一の声で道雄は、自分も支払う事に初めて気付いたという顔をして、財布を取りにいった。
金の計算が済んだ後、順一は台所に戻り、道雄と明彦はカニが茹で上がるまで、部屋で酒を飲んでいた。
「みっちゃん、早くカニ来ないかなあ」
明彦はテレビの方こそ見ていたが、カニが楽しみでテレビの内容は頭に入ってこないようだ。道雄は、明彦の言葉に頷きながら時折酒を呷っていたが、寝起きにカニは重いなあとでも言いたげな表情だった。
「できたぞ」
しばらくして、茹で上がったカニと共に順一が部屋に入ってきた。
「やったぁ」
明彦は、それこそ飛び上がる勢いで喜びを表現する。
「よし、食おうぜ」
順一が酒の缶をプシッと開けたのを皮切りに、みなカニに箸をつけていく。
カニの食べ方には性格が出るというが、彼らの食べ方はまさに三者三様だった。身をほじりながら、すぐさま口に入れてしまう明彦。対称的に全てほじくリ終わるまで一切手を付けない順一。その中間でバランスの取れた食べ方をする道雄。
3人はそれぞれ、自分と違う食べ方をする他の2人にときどき目をやっては、
「この2人だから、俺たちうまくやれてんだろうなあ」
と心中で思いながら、無言で延々カニと格闘していた。