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火曜日の幻想譚

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114.獏の現実



 夢を食べるという伝説の動物、獏(バク)にも、夢の好き嫌いはあるらしい。

 一般的には悪夢を見た際に、獏にあげる旨の言葉を唱えると、もう二度と見なくなるという話が伝わっているので、悪夢が好みかと思いきや、そうでもないようだ。唐代のとある書物によると、この頼みを聞きすぎて、血圧が高くなってしまい、引退を余儀なくされた獏が数匹いるという。
 その書によると、『悪夢は塩っ辛いので、獏もいささか食べるのをとまどうが、やがて使命を思い出し仕方なく食べ始めた』という記述がある。そして、訪れるたびに苦しそうになり、やがて来なくなるというのである。では、反対に良い夢が美味なのかというとやはりそうでもなく、『良い夢は非常に甘く、人がなかなか食べさせないため獏の間では珍重されるが、糖分過多のため食べ慣れないことが多く、食後、体調を崩す獏も多い』のだそうだ。では、どんな夢が美味なのかというと『無味乾燥でぼんやりしていて、人や物が何一つ出てこない、そんな印象の薄い夢が一番、まろやかで味が整っていて食べやすい』という記述がある。
 当然、獏ではなく人間が記したものなので、これらの味の記述を全て信用するわけには行くまい。だが、高血圧で夢食から引退せざるを得なくなった獏がいるというのが本当なら、さもありなんと言うべきか。

 さらに同書物には、獏の中でも夢が食べられるようになれる獏は、全体の1割にも満たないと記されている。実は夢を食べられるようになるためには、試験を受ける必要があるそうで、それは科挙に匹敵するほど難しく、どれだけたくさんの量が食べられるか、いろいろなものを食すことができるか、冷たいもの、熱いものは大丈夫かなど、さまざまな「おなか」の試験が行われるそうだ。それらに全て合格するような頑丈な腹を持った獏だけが、夢を食べられるようになるが、過酷な試験に合格した時点で成人病予備軍のような獏になってしまうものも多く、合格しても夢を元気に食べられる獏はそれほど多くないという。
 また、そんな現実を見て覚めてしまったのか、若い獏の夢離れも起こっており、「あんな思いをして憧れの夢を食べるくらいなら、いっそ草を食んで大人しく一生を終えたほうがいい」と夢のないことを言う若い獏も多いそうだ。


 唐代の頃ですらこのありさまである、昨今の獏の夢事情は言わずもがなといったところだろうか。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔