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火曜日の幻想譚

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115.喉切蝶



 小川内膳は、家に沢山の蝶を飼っていた。

 蝶でなければならない理由はとくにない。ただ、虫好きだった父の影響もあり、物心付く前から家に沢山の蝶がいた。そして自分が大人になっても、当然のようにそれらに囲まれて暮らしている。
 また、内膳は絵をものしていた。こちらも、絵でなければならないという理由は特にない。内膳は、特定の絵師に師事したりどこかの流派に属したりということはしなかった。だが、その画は世間で一定の評価を得ていたのだった。

 そんな内膳はある日の昼間から、蝶を捕まえてその絵を描こうと近所の草むらへ足を運んでいた。

 内膳はとりもち竿を片手に、草の間をうろうろする。すると、今まで見たこともない蝶がひらひらと草の間を踊っているのが見えた。これはと思い、必死に竿を振り回して蝶を捕まえようとするが、なかなかうまいこといかない。どうもその蝶は、とりもちに触れても粘着することはなく、するりと離れてしまうようなのだ。ならばと内膳は腕をまくり、両の手でその蝶を捕まえようとする。その瞬間、蝶はふらりとこちらにやってきて、自分からすうっとかごの中に入り込んだ。
「やれ、ありがたや」
捕まえる手間が省けた内膳は、早速その珍しい蝶を二次元に封じ込めるべく筆を執る。

 夢中で筆を走らせていると、遠くから笑い声が聞こえた。
「ハッハッハッハ。内膳よ、常々お主は文弱だと思っておったが、蝶の一匹も捕まえられんとはな。こりゃとんだ腰抜け侍だわい」
同僚の舘川宗右衛門だった。

 宗右衛門は剛毅であるがいささか乱暴者で、普段から事あるごとに内膳をあざ笑っている男だった。
 内膳はいつものことと無視をしていたが、宗右衛門は酒でも入っているのか、執拗に囃し立てる。


 温厚な内膳も終いには我慢できなくなり、筆を刀に持ち替えてがらりと抜き放った。それを見た惣右衛門も、心得たとばかりに刀を抜く。

 突然始まった白日の果し合いは、それほど時間はかからなかった。

 数刻と経たぬうちに、内膳は息も絶え絶えになっていた。体中生傷まみれになり、左脇腹に深手を負い、着物は鮮血に染まっている。
(所詮、文弱の徒よ。果し合いなどするのが愚かだったか……)
後悔の念を胸に、内膳はどうと仰向けに倒れた。

 決着がついたと思った、その瞬間。内膳が倒れた拍子にかごから、先程の蝶がふらりと飛び出した。蝶は宗右衛門の周囲をくるくると数周飛び回ったかと思うと、ひゅんと急に飛び去ってしまう。宗右衛門は、そんな蝶など歯牙にもかけず歩き去ろうとする。だが、足が動かない。それどころか、呼吸すらおぼつかない。宗右衛門は、そっと自分の喉仏に触れてみる。ぱっくりと傷口が開いていた。

 数刻後、喉を切り裂かれた宗右衛門と、傷だらけの内膳の遺体が発見された。

 同心たちの捜査の結果、宗右衛門の喉に付着していた鱗粉から、宗右衛門の喉を切り裂いたのは蝶の仕業であることが判明した。だが、喉切蝶と名付けられたその蝶は、どこをくまなく探しても決して見つかることはなかったという。


 一方、内膳の描き残したその喉切蝶の絵は、描かれたものが幻の殺人蝶であることも相まって、非常な高値で取引され、後世までも珍重されたそうだ。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔