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火曜日の幻想譚

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52.Y氏の話



 もうすでに亡くなられたが、代議士として著名だったY氏は、豪胆な人としても有名であった。

 ある日このY氏が、晩飯に分厚いビフテキなんぞを頬張っていた時のこと。
「やい、金を出せ!」
と女中に匕首を突き付けながら、部屋に乱入してきた押し込み強盗がいたそうだ。

 その強盗の権幕を聞いたY氏、さすがに一瞬フォークとナイフを持つ手が止まった。しかし、すかさず
「おい、お客さんがおいでだ。ビフテキをもう一枚焼きなさい」
とキッチンのコックに言いつけたあと、フォークに刺さったビフテキを口に放り込んだ。

 コックは、匕首よりも路頭に迷うことの方が怖かったと見え、そそくさと肉の準備を始める。

 強盗、こんなおもてなしをされるということは何かあるに違いない、そう勘ぐった。そして隙を見て女中を放り出し、一目散に逃げだした。

 その後、匕首を突き付けられた女中は、主人であるY氏の冷たい仕打ちに憤った。だがしばらくしてその女中へ、良家からの縁談が舞い込んでくる。
『強運の持ち主ゆえ、福が舞い込む』
と、Y氏が方々へ働きかけた結果と知った女中は、Y氏と和解し、涙ながらに嫁いでいったそうだ。


 また、Y氏の政敵にN氏というこれまた代議士の男がいた。この二人、いつでもどこでも顔を突き合わせれば論争ばかりで、埒が明かない。挙句の果てには、お互い掴みかかっての殴り合いになりかねないので、周囲の人々は二人がなるべく顔を合わさぬよう、骨を折っていたそうだ。

 そんな中、N氏がぽっくりと亡くなった。政界の大人物であったN氏の葬儀は盛大に行われ、Y氏も参列した。

 さて、Y氏が弔辞を読む番になり、何を言うのかと皆で見守っていた。するとY氏、故人の遺影を前に、政治演説をとうとうとおっ始めたのである。

 これには、遺族もN氏に近しい関係者も激怒した。しめやかな葬儀の場で、政敵が演説を始めるとは何事だ。これでは、葬儀の場を政治利用しているも同然ではないか。N氏と行動を共にしてきた我々議員に対する、宣戦布告である。皆口々に喚きたてるが、Y氏は演説を止めようとしない。

 こうなれば実力行使だ、関係者一同掴みかかりY氏をつまみ出そうとした時、演説を終えたY氏は一言こう付け加えた。

「あんた、俺の演説つまらねぇから眠くなるって言ってたよな、せいぜいゆっくり眠りなよ」

 周囲の者が何も言えず静まり返る中、Y氏は葬儀場を後にした。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔