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火曜日の幻想譚

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54.あけましておめでとうございます



 いろいろあった昨年が過ぎ去って、1カ月がたったわけだけど、“あけましておめでとうございます”ってあいさつ、どう思う? いや、別に僕も、みんながこのあいさつをおまじないのように唱えることに、異を申し立てたいわけじゃない。実際僕だって先月は、このあいさつをかなり口にしていたわけだし。ただね、ちょっと新年になると、思い出すことがあるんだよ。

 うん? 一休和尚の話かって? ああ、『門松は冥土の旅の一里塚』ってやつだろう。いや、そのことが言いたいわけじゃないんだ。


 僕が幼少期のころの話を聞いてほしい。

 僕が住んでいた田舎町に、一人のおじさんが住んでいた。そのおじさんは、農業を営んでいてね、トラクターで田んぼを耕したりしているのを、よく見かけたものだ。僕がこのおじさんと知り合いになったのは、小学校1年生のときだった。通学路が、おじさんの家や田んぼに面していたこともあって、よくあいさつをするようになったんだ。そんな1年生も後半、冬休みが明けた登校日の話だ。僕は、通学途中でおじさんに出会うと、少し遅めの“あけましておめでとうございます”を伝える。するとおじさんは、こう言ったんだ。
「今年はあんまりお米が取れないだろうから、あまりおめでたくはないな。それよりも、昔はたいそう豊作の年があってな……」
僕はそうなんだと思い、このことを母に伝えた。母も、「今年は冷夏になるって言われてるから、そのことかもね」と言っていた。

 その翌年の冬休み明け。今年は、去年よりお米が取れるだろう、そう思った僕は、元気におじさんに新年のあいさつを言った。だけどおじさんは、やっぱり困り顔だ。
「今年は日照りだって言うから、おめでたくはないかな。あのときは、こんなんじゃなかったなあ……」
そして、やっぱり去年と同じような話をする。僕はやっぱりそうなのかなと思い、話をひとしきり聞いてその場を立ち去った。

 その翌年、やっぱり新年のあいさつをすると。
「長雨らしいから、今年もおめでたくはないな。それより……」
僕はその年、やっと気づいたんだ。おじさんは、豊作だった昔がよっぽど忘れられないんだなって。
とはいっても、こちらは新年のあいさつをしない理由はない。というわけで、僕は毎年、おじさんのおめでたくない理由と、豊作だった年のすごさを聞く羽目になったんだ。

「今年は日照不足だ、あの豊作の年は……」

「また冷夏になるって。それにひきかえ、あの年は……」

「今年は働き手が減った、でも昔は……」

 毎年理由をつけて新年をけなし、かつて豊作だった年のすばらしさを語るおじさんに、小学6年生の僕もいい加減白け顔だ。少しは違うことを言えないのだろうか、そんな心持ちでおじさんを見つめる。でもおじさんは、そんな僕の心中を察することもせず、毎年同じような話をし続けるんだ。

 中学、高校に入っても、僕とおじさんはあいさつをしあう仲だった。そして毎年、おじさんは新しい年に難癖をつけて、かつて豊作だった年を懐かしそうに語り続けたんだよ。そして20年がたち、おじいさんになった彼は、いまだに近所の人と新年のあいさつをするたびに、その話をしているそうだ(実家の母からそう聞いた)。

 彼に限らず、学生時代は優秀だった人、いわゆる一発屋の人、ネットで炎上などをしてしまった人。世の中には、かつての全盛期のまま、時が止まってしまった人もたくさんいるのだろう。

 そんな過去に生きる彼らにとって、本当に“あけましておめでたい”のだろうか。僕は、ちょっとよく分からなくなってしまうんだよ。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔