火曜日の幻想譚
56.清蔵さん
清蔵さんが隣に引っ越してきたのは、私がまだ物心つかない頃だったと聞いている。
身長150ちょい、痩せぎすで風采の上がらない、けれども目だけはとても鋭かった清蔵さん。そんな彼にまつわる記憶は、「孤独」の二文字しかない。
お隣さんなのでしょっちゅう顔を合わせるが、せいぜい挨拶を返すくらい。世間話をしたことも、しているところも見たことがない。昼間も家にいるようだが、何をしているかよくわからない。常に一人でいる、ということ以外は全くもって謎な人だった。
だが大人は、清蔵さんの「何か」を知っていたようだった。なぜなら私に理由も告げず、清蔵さんに近寄ることを禁じたから。私は近寄っちゃだめと言われるたびに、とりあえずうなずいておいた。でも言われれば言われるほど、清蔵さんへの興味が高まっていくのを感じていた。
ある日、たまたま遊び相手がいなかった私は、清蔵さんの家へ遊びに行くことを思い付いた。大人たちに見つからないよう周囲をうかがいながら、とんとんと清蔵さん宅のドアを叩く。ドアを開けて私の申し出を聞いた清蔵さんは、しばらくどうしていいかわからない表情をしていたが、やがて私を家にあげてくれた。
居間に通された私は、お菓子を食べながら折り紙で清蔵さんと遊んだ。私が得意な鶴をいくつも折っていく中、清蔵さんは紙飛行機を作るのがやっとだった。清蔵さんは、いっぱい折れてすごいねとたくさん褒めてくれた。
私は折り紙を折りながら、なぜいつも一人でいるのか、清蔵さんに直接聞いてみた。清蔵さんは複雑な表情をしたきり、答えることはしなかった。
別れ際、清蔵さんは玄関で怖い口調で言う。
「ここに来たことを言ってはいけないし、もう来てはいけないよ」
理由を聞きたかったが、清蔵さんの口調があまりにも怖いので黙っていた。
それから、20年近くの月日が流れた。帰省した私は、清蔵さんが病で亡くなったことを母から知らされた。そしてこの時、私は初めて清蔵さんの秘密を知ったのだった。
母の話によると、清蔵さんはここに来る前、殺し屋のような仕事をしていたらしい。だが、大きな仕事を成功させ、それをきっかけにきっぱりと足を洗ったのだそうだ。とはいっても、そんな危ない仕事を円満に足抜けすることなど不可能と言ってもいい。清蔵さんは結局、命を狙われた状態で隣に引っ越して来ざるを得なかった。でも、そんな人が越してきたら、近隣の住宅や住人にも被害が及ばないとも限らない。だから、両親はじめ周囲の大人たちは、清蔵さんをあんなに白眼視していたのだ。
でも清蔵さんは、それも仕方がないと思っていたようだ。自分のしてきたことを顧みれば。今の境遇を考えれば。そんな悔恨の情にかられる生活のさなか、隣家の少女が訪ねてきた……。
余命幾ばくも無いことを悟った清蔵さんは、病を押して隣の私の家までやってきたそうだ。そして、玄関先でぽろぽろ涙をこぼしながら、あの日、私が遊びに来たことを母に伝えた。その次の瞬間、割らんばかりの勢いで土間に額を叩きつけ、私を家に入れてしまったことを詫び、自分のような人間が、あんな夢のようなひと時を過ごせて本当にうれしかったと、咳や淡混じりの声で語ったそうだ。それから、最後に「あるもの」を母に手渡し、頼むから、後生だからこれを娘さんに渡してくれと言い、這いつくばるように帰っていったという。
その数日後、清蔵さんは布団の上で冷たくなっていた。
母から渡された「あるもの」とは、不器用に折られた鶴だった。その羽根には小さく、「ありがとう」とだけ書かれていた。