火曜日の幻想譚
59.おかあさん
「おかあさん!」
ある日僕は、教室で担任の宮原先生にこう呼びかけてしまった。
「ん?」
困惑しつつもその声に反応し、用件を聞こうとする宮原先生。
「あっ、いや、えっと」
僕は自分の間違いに気づき、しどろもどろになる。
「やーい。中根のやつ、先生のことお母さんって呼んでやんのー」
次の瞬間、クラスメイトのみんなからはやしたてられた。
僕にとっては恥ずかしい出来事だけれども、学校ではわりとよくあるシーンの一つだろう。けど……。
5年後。
宮原先生は、お父さんとの交際を実らせ、本当におかあさんになってしまった。3年前に亡くなった早苗さん(僕の本当のおかあさん)に申し訳ないし、何よりもかつての教え子の母になるなんて……。と、かなり渋っていたようだが、お互いの胸に湧き上がる思いを止めることはできなかったようだ。
おかあさんは忙しい中、中学生になった僕にお弁当を作って持たせてくれる。
「はい、陽介君。部活も頑張ってきてね」
「うん。いってきます。おかあさん」
「ふふ」
おかあさんは、僕の言葉を聞いてほほえむ。
「あの時、『おかあさん』って言ったの、ほんとになっちゃったね」
からかい気味に言いながら、頭をなでてくれる。
「変なこと思い出さないでよ、もう。いってくる!」
僕は気恥ずかしくなって、玄関を飛び出した。おかあさんの見送ってくれる視線を背中に感じながら、僕は学校への道をひた走る。
好きになったのは、お父さんより僕の方が先なんだよなぁ……と思いながら。