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火曜日の幻想譚

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61.ジャムの役割



 妻が大量のいちごのへたを一つ一つ取っている。

 ということは、また「あれ」が始まるのか。僕は少しうんざりしながら、妻に言うべきことをメモに取る。その間も妻はいちごのへたをちまちま取り続けている。

 少しして、へたを取り終わった妻はいちごの入ったなべをテーブルの中央にドンッと少し乱暴に置き、僕を呼び寄せた。さあ、バトルの開始だ。

「いつも言ってるけどさ、服、脱いだら脱ぎっぱなしなの、ちゃんとしてほしい」
「前にも言ったと思うけど、おまえも食器、流しに持っていかないじゃん、お互いさまだよ」
「でも、食べ終わった食器は必ずテーブルの上に置いてあるじゃん。服はどこに置いてあるか分からないんだよ」
「いや、服を脱ぐところはだいたい同じところだし、そんなに変わらない」
「だって前、靴下がベッドの下に入ってたし」
「それは偶然でそうなっただけで、僕が意図的にやったことじゃないよ」

「あと、最近帰り遅すぎ。残業多いのは分かるけど、もう少し早く帰ってきて」
「うーん。今大きな仕事の最中だから、夏までは難しい」
「前もそんなこと言ってたじゃん。対して偉くもないのに、なんでずーっと忙しいの」
「別に偉くないからって、暇とは限らないよ。あと、前も言ったのは、この仕事がのびのびになってるせいだよ」

「仕事といえば、ちょっとパート休み過ぎなんじゃないのか。確かに、人間関係とかいろいろあると思うけどさ。頑張って貯金増やすって約束したじゃん」
「……だって、あなた、いっつも帰り遅いし、疲れてるってすぐ寝ちゃうし」
「それと、あまり仕事いかないのとなんか関係あるの?」
「子どもなしでパート勤務してると、フルタイムで働けばいいのにって風当たりきついんだよ。子ども作ろうって約束したから前の職場辞めたのに、仕事遅くて相手してくれないからさ……」

 犬も食わない夫婦げんかが展開されていく中、なべの中のいちごはそれをじっと受け止めるかのようにたたずんでいる。

 数時間後。
 言いたいことを言い終えた僕らは、早速、中央に置かれていたいちごを煮詰めていく。沸騰してきたら、たっぷりと砂糖を入れ、あらかじめ温めておいたビンに詰めていく。あとは、ふたをして冷まし、明日の朝を待つだけだ。

 妻の実家は果物で有名な土地で、ジャムの生産も盛んだ。その妻の地元で有名なおまじないに、いちごジャムを作るときは夫婦げんかを聞かせるといい、というものがあるのだ。いちごに夫婦の赤裸々なけんかを聞かせると、とても甘みが増しておいしいジャムになり、これを一口食べれば、その夫婦はたちまち仲直りするというものなのだそうだ。

 翌日。
 僕らは、昨日の言葉がぎっしり詰まったいちごでできたジャムのビンを開け、トーストにたっぷりと塗りつけて、せーのっでかぶりつく。僕らの負の言葉を煮詰めて作られたジャムは、とろけるように甘く、あまりのおいしさにお互い顔を見合わせて、ニッコリとほほ笑んでしまう。こんなおいしいジャムを食べたら、おまじないの通り、昨日のけんかのことなどすっかり忘れてしまう。

 でも、今度は妻と子どもと3人で、朝、ジャムをたっぷり塗ったトーストをかじるのもいいかもしれない。そう思った僕は、上司と相談してもう少し早く帰って来られるようにしようかなって思った。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔