火曜日の幻想譚
64.いろ鬼
それは、僕が近所で遊んでいたときのことだった。
「じゃあ、私、鬼ね。最初は……みずいろ!」
いろ鬼を始めて、鬼のちひろちゃんが色を指定する。僕らが水色のものを探しに散り散りになったその瞬間、居眠り運転をしたダンプがものすごい勢いで突っ込んできたんだ。
そのとき僕達は、ちひろちゃんを失った。さらに僕は、触れたものの色を失うようになっていた。
それに気付いたのは翌朝、学校へ行く時だった。真っ黒なランドセルが、一度背負うと無機質な灰色に変わっている。黒々としていたお父さんやお母さんの髪の毛も、同じく灰色になっている。
困惑しながら家の扉を開けたら、いつも家の前の駐車場に止まっている黒い車の色もくすんだ灰色に変わっていた。
その日一日、学校で生活してやっとその法則に気がついた。僕が手を触れたものの色は、次の瞬間灰色になって失われてしまうってことに。でもそれを理解するまでに僕は、黒、銀、白、赤、緑、黄を犠牲にしなければならなかった。
多分ちひろちゃんは、まだあの世でいろ鬼をやっているつもりなんだろう。でも、あの世から僕に色の指示は出せない。だから、僕が一度触れた色をちゃんと覚えて、僕から取り上げてしまっているんだ。僕がすべての色を失えば、もう逃げ場はないのだから。
でも、それでも構わないと思った。ちひろちゃんのいない世界なんて、もう未練などなかったから。さっさと全ての色に触れてしまって、ちひろちゃんの元へ行きたい。
そう思った僕は、手当たりしだいに色に触れていった。青、橙、紫、ピンク、黄緑、茶……。
でも、どうしても触れない色があった。
水色。
ちひろちゃんが大好きだった色。いろ鬼をやった、あの最後の日も水色のスカートをはいていた。
ちひろちゃんは、あの水色のスカートが本当に似合っていた。今でも、あのスカート姿のちひろちゃんを脳裏に思い描くことができる。でも、水色に触れたら僕はちひろちゃんを失ってしまう。
そう考えるとどうしても躊躇してしまい、水色に触れることができぬまま大人になってしまった。そう、僕は水色と灰色だけの世界をずっと生きてきたのだ。
でも、それももう止めにしようと思う。
いろいろなことがあって身も心も倦み疲れ、ズタボロになってしまった僕はいよいよ人生の終焉を意識するようになってしまっていた。
「ちひろちゃん、随分と待たせちゃったね」
僕はそうつぶやいたあと、意を決し、道に転がっている水色のバケツに手を触れた。その瞬間、パッと世界に花が咲いたような気がした。
周囲を見回してみると、今まで失った色が復活している。幼い頃以来の、色のある世界。今度は手を触れても、色は失われない。
でもよく見ると、一色だけ、一色だけが網膜に映らない。たった今触った、水色だった。
「そっか、ちひろちゃん……。僕は僕の人生を歩まなきゃね」
雲一つない、真っ灰色な空を見上げながら、僕はそう小声でつぶやいた。