火曜日の幻想譚
65.鬼さんこちら
「鬼さんこちら。手の鳴る方へ」
馴染みの芸者とこうやって遊んでいるのが一番幸せな時だ。退屈極まりない家内などすっかり忘れちまって、艶っぽい女の色香に塗れるのはたまらんね。
「ほぅれ、捕まえたぞぉ〜」
裾を手繰って、芸者のふくふくした体に取りつく。このまま今夜は、布団の中で目くるめく快楽の一夜を過ごそうって寸法だ。
さて、と。芸者に手伝ってもらい、目隠しの手ぬぐいを取ってもらう。するとそこは、茫漠たる地平線ばかりだった。そして、なぜか芸者もわしも宇宙服を着こんでいる。
「どこだい、ここは?」
芸者に尋ねると、銀河系の片隅、地球から約数百光年離れている星らしい。
「な、なんでこんなところに」
驚くわしに、芸者は哀願する。
「なああんた、奥さん捨てて、あたしとやり直してくれるって言ったろ? お願いだよ。あたしとここにいつまでもいておくれよ」
「じょ、冗談じゃない。こんな星じゃいつまでもどころか、今日明日でのたれ死んじまうよ。さ、帰ろう」
すると、芸者はさっと顔色を変えた。
「きいいっ、口惜しい。あたしを弄んでおもちゃにしたんだね」
そう言って、ものすごい形相で掴みかかってくる。わしは慌てて、彼女の宇宙服の頭の丸いやつをくるりと180度回転させた。いきなり視界を見失った彼女は、ふらふらと彷徨いだす。とりあえず芸者からは逃げなきゃならないが、地球に戻る方法は彼女しかわからない。ある程度逃げて、疲れたところを上手くなだめて、一緒に帰らねば。
というわけで、こっちの星でも少々面倒くさい「鬼さんこちら」が始まった。