火曜日の幻想譚
67.ガム
ガムが好きだ。愛していると言ってもいい。
だが、日ごろクチャクチャやっているとすこぶる心証が悪い。先生には怒られるし、女子にもなぜか敬遠される。幼なじみの梨恵も、普段から不快な顔で注意してくるくらいだ。
まあ、俺は周囲のその程度の妨害にはめげず、朝一でガムをかみ、夜、寝る前にそれをはき捨てるという生活を続けているのだが。
このことを告白すると、大抵とある疑問を投げかけられる。味のしないガムをかんで、一体何が楽しいのかというのがそれだ。
だが、その疑問に俺はこう答えることにしている。
「そもそも。『味がしない』ってのはどういうことだ」
ガムは、味がしなくなってもちゃんと味がしているじゃないか。いささか逆説めいた物言いだが、味がしないという味をちゃんとガムは醸し出しているのだ。
それはさておき、先日のこと。
いつものように朝からクチャクチャ音をさせていると、梨恵がいつもよりうるさくそれを注意してくる。同じような問答を今日もくり返すつもりかと思いながら適当にあしらっていると、通りがかった同じクラスの女子もやたらと俺のガムを非難してくる。
「なんだよ。こいつら、今日はやけに鬱陶しいな」
そう思いながらも、ガムの素晴らしさを説いていく。どうせ分かりはしないだろうという諦めの心を胸に、彼女らにガムの魅力を説いて回る。
だが、梨恵を筆頭に彼女たちは一向に諦めない。いつもはあきれて引き下がるはずの彼女たちが、今日はやけにしつこくガムをかむことをやめろと言ってくる。
午前中、昼休み、午後、放課後……。俺はクラスの女子たちから散々注意されて、どうにか1日を乗り越えた。
下校中、相変わらず梨恵はうるさくつきまとい、ガムをはき出せと注意してくる。
「何だよ、今日は一体どうしたんだよ」
いつもの反論をしようとした瞬間、ふいに梨恵の唇に唇をふさがれた。口中にねじ込まれる舌に乗っていたのは、一欠片のチョコレート。
「んんっ」
とろけるような梨恵の舌と、同じくらいとろけるようなチョコと、本当にとろけていくガム。梨恵は俺から唇を離すと、顔を真赤にして一つ足りない高級そうなチョコを押し付け、走っていってしまった。
家に帰り着き、口寂しさから梨恵がくれたチョコを食べる。ガムのようにいつまでも残らないそれを味わっていると、いつも口うるさいあの幼なじみも、大切にしないといつの間にか消えてしまうかもなんて考えてしまう。
チョコを食べ終わり、ふとカレンダーに目をやる。そこで俺はやっと、今日が2月14日だということに気づいたのだった。