火曜日の幻想譚
69.兄弟
弟が足を骨折して入院した。
いまどき木登りなんかやって、滑って落ちたらしい。わが弟ながら間の抜けたやつだと思う。
荷物の持ち運びや身の回りの世話は、母さんがやっている。そのせいで、僕と父さんはほっとかれることになった。
でも、初めのうちは新鮮だった。父さんと二人で洗濯をしたり、こっそり外食をしたりするのも悪くなかった。でも、父さんも僕も料理は苦手だし、家事もそれほど得意ではない。毎度毎度外食では高くつくし、自分たちで作ってもおいしくないし、洗濯や掃除は飽きるしで、いつの間にか母さんの居ない環境に疲れ果ててしまった。
そうなると、次第に負の感情が湧き上がってくる。そういったやり場のない怒りは、母さんではなく弟に向いた。父さんはどう思っているかわからないが、僕は次第に弟へ憎悪を向けるようになっていた。
そんなある日。
弟は僕に、とある携帯ゲームのソフトを持ってきてほしいと言ってきた。今持ってきているのは、やり飽きてしまったらしい。
「よりによってなんで僕に頼むんだ、今まで通り母さんに持ってきてもらえよ」
怒りをぶつけるように弟に言うが、弟は譲らない。
「お母さんにゲームを頼むと、やりすぎよって叱られるんだもん」
だからって僕に頼むことはないだろうと思ったが、ゲームのし過ぎで怒られているのは僕も同じだ。怒られている仲間として気持ちはわかるので、僕はソフトを渡しに病院へと赴いた。
下校時によった夕方の病院は、薄暗くて不気味な雰囲気だった。僕は、母から聞いた号室を確認し、無事弟に会うことに成功する。そして、目的のソフトを渡してやった。
「助かったよ、兄ちゃん。これでなんとか勝てそうだ」
念の為、ソフトを本体に挿入して起動しながら弟は言う。
「ゲームやる前から勝てそうって、どういうことだよ?」
僕は冗談めかして笑う。
「うん。実はね」
弟は急に小声になった。
「兄ちゃんが来てくれたおかげで、僕のお見舞いに来てくれた人数、この部屋で一位になったんだ」
病院からの帰り道、僕は弟のことを考えていた。
確かに患者さんの間で、そういった見えない争いがあるのかもしれない。その気持ちはわかるけど、どこか利用された感が否めない。母を奪われたことによる怒りと相まって、弟に対して納得できない感情がどす黒く広がっていく。
「お見舞いにきてくれた人数か……」
家についてもまだ考えこんでいた。
父さんも、もうそろそろ帰ってくるはず……。そう考えた僕は意を決し、二階の自分の部屋の窓から庭へと飛び降りた。足に走る鈍い痛み。
おまえに母さんは渡さないし、お見舞いの人数でも譲らないぞ。