火曜日の幻想譚
70.酒とつまみと踏切と
カンカンカンカン……。
仕事帰りの深夜。コンビニで買った缶の安酒とつまみを、これまた最近金がかかるようになったレジ袋に詰めて家路を急ぐ。
カンカンカンカン……。
ここの踏切、異様に長いんだよな。早く家に帰って一杯やりたいのに、毎日足止めを食らうんだ。
遮断器に塞がれた線路を横目に、交互に点滅する赤い警報灯をぼんやり眺める。
「……そういや、俺、何で飛び込まないんだろう」
辛く厳しいだけの仕事、今後良いことなど何もないであろう人生、希望なんかどこにもありゃしないのに。
「……でも、からあげとチューハイ、買っちゃったしな」
かばんの隣に提げられている、レジ袋に目をやる。こいつらを飲み食いして、明け方に少しウトウトして、時間になったらまた出勤。そんな毎日。
「そういや、この踏切、朝はあんまり混み合った記憶ないな」
そうこぼし、朝の踏切の風景を思い浮かべてみる。だが、そんな記憶は脳のどこを探しても存在しない。そもそも、朝の通勤の記憶がない。気づくと、仕事に取り掛かっている。
そんな事実に大してうろたえもせず、原因を追求してみる。
「やっぱり、君らのおかげだろうな」
今度はレジ袋の中へ目線を送る。彼らは恥ずかしそうにレジ袋に隠れて、姿を表さない。でもきっと、君らの力が朝までおよんでいるから、この踏切の記憶がないんだろう。
じゃあ、君らの力がなかったら?しらふではなく記憶を持って、朝の踏切に臨んでいたら? きっと、とっくの昔に飛び込んでいたんじゃないかと思う。
そんな事を考えているうちに、うるさい警告音は止み、遮断器が上昇し始める。
さあ、今日も君らの力を借りて、ギリギリの命をつなぐことにしようか。