火曜日の幻想譚
77.ふうせん飛ばし
嫁と数年間、距離ができてしまっている。
二人とも仕事で、すれ違いの毎日。会話もほとんどない。誕生日や記念日も、すべてすっぽかしてしまっている。
無論、嫁のことは嫌いじゃないのだけれど、仲直りのきっかけがつかめない。このままじゃ、三行半を突き付けられる日も近いだろう、そう思っていた時だった。
「あのさ、ふうせん飛ばしに行かない?」
突然の嫁からの提案だった。
いきなり、おかしな事を言いだすなあ。けど断る理由もないので、ふうせんとヘリウムガスを用意して、近所の広場に行ったんだ。
「ねえ。小さい頃、ふうせんに手紙つけて飛ばさなかった?」
「……そういえば、そんな事もあったような気がするなぁ」
「ふーん。覚えてないんだ」
「?」
「ふうせん届いた子とさ、しばらく手紙のやり取りしてたでしょ」
「……なんで、それ知ってるの?」
「実はその子、あたし。でもまあ、覚えてなくても仕方ないよね」
「えぇ? ……じゃ、それ知ってて僕と?」
「ううん。出会ったのも結婚したのもほんとに偶然。昨日やりとりしてた手紙を見つけただけ」
「…………」
「驚いたよぉ。押し入れ整理してたら、送ったはずの自分の手紙が見つかるんだもん」
「だから、ふうせん飛ばそうなんて言い出したのか」
「うん。でもさ、ちょっと運命感じちゃったよね」
色とりどりのふうせんは、雲ひとつない真っ青な空に吸い込まれていく。
僕たちもあのふうせんのように、もう少しだけ遠くまで飛んでいけるような気がした。