火曜日の幻想譚
79.謎の風習
戦士は、ふに落ちない表情でヒーラーの遺体を肩に担ぎ上げた。
魔王を倒す旅に出て、もう数カ月がたとうとしている。その間、いろいろなことがあった。海辺の村の長に化けていた魔王の手先との死闘、大陸を出るために謎のじいさんのお使いをこなしたこと……。苦労もあったが、それらは決して悪い思い出ではない。
だがこうやって冒険をしていて納得がいかないことが、一つだけ彼にはあるのだ。
その納得がいかないこと、それは今、遺体を担いだヒーラーにある。彼女はこの戦いで命を落とす必要は全くなかった。
彼女が死んだ理由。それは、勇者がこの戦いで命を落としたから。
なぜなのか、その理由は分からない。だがこの世界では、勇者が命を落としたとき、すぐさま誰かが後を追って死なねばならない。
その死ぬべき人間は、学校の日直のように日替わりで決まる。たまたま今日はヒーラーの日だった。それ故に彼女は勇者が倒れた直後、モンスターの前に単身飛び込んで無残な骸と成り果てたのだ。
戦士はどうしてもこの慣習が分からない。非効率なことこの上ないと感じている。
まず、蘇生をするために教会に寄付する金は、1人だけでも馬鹿にならない金額だ。勇者が死んだ場合、それが2人分になる。こんなことをしなければ、今頃、ワンランク上の武器でも買えたのではないか。
それに、死というものは大抵、町や村から遠く離れた場所で起こる。ということは、そこから人がいるところまで帰らなければならないのだ。1人減った状態でも心細いのに、それを2人で遂行しなければならない。今みたいにヒーラーや、魔法使いのじいさんならまだいい。魔法役がいないのは心細いが、それでもどうにかなる。だが、自分と勇者が死んだ場合、じいさんと女性で、体のでかい俺たち2人の遺体を抱えて戻らなければならないのだ。それがどれほど大変なことか、この慣習を言い出した者は分かっていたのだろうか。
とはいっても習わしは習わしだ。疑問に思いつつも、彼は自分が死ぬべきときは死ぬことにしている。だが、自分よりもよっぽど頭のいいヒーラーや魔法使いが、なぜ何の疑問も抱かないのだろう。
こんなことを考えながら、彼は冒険の日々を過ごしているのである。
そしてあるとき。
新たにたどり着いた街で、風変わりな男に出会った。サムライとかいう職業についているその男は、初対面にも関わらず自分たちの祖国の風習を語り出す。
「祖国では、仕えるべき主君が亡くなると、忠誠のために拙者たちは後を追うんです」
戦士は、電撃に撃たれたかのように固まった。自分が常々疑問に思っている謎の風習は、その国から流れ着いてきたんじゃないかと。
だが、ルーツを解明したところで何の解決にもつながらない。疑問に思った者がどんどん声を上げていかないと、恐らくこういうものは変わっていかないのだろう。
「どちらにしても、勇者の後を追って死ぬ作業はまだまだ続きそうだな」
宿屋の一室で戦士はそうつぶやくと、剣にクリームシチューを塗って磨くという、彼の村特有の武器の手入れを開始した。