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火曜日の幻想譚

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82.神社にて



 少し太ってしまった。運動をしなければ。

 だが運動と言ってもいろいろだ。いきなりハードなものを始めてすぐやめてしまうのも嫌だし、楽過ぎてダイエットの効果がないのも困る。
 手頃なものはないかと思案をしていたところ、近所の神社の石段を登り降りするのが良さそうだと思った。石段は76段、行きと帰りで150と2段。慣れてきたら2往復、3往復と増やせばいい。
 よし、これだ。始めるからには半ばでやめることがないよう、固い決意で運動靴などもそろえ、初日に臨んだ。


 そして初日の深夜2時。
 なぜこんな深夜かというと、昼間は神社の利用者に迷惑だからというのが一つ、人に見られるといささかきまりが悪いからというのが二つ、最後、昼間は仕事で忙しいからというのが三つ。こんな理由で夜中に決行することにしたのだった。
 石段の下で屈伸やアキレスけんを伸ばしてから、石段を登っていく。途中までは楽勝だったが、次第に足が上がらなくなっていく。
「やっぱり、運動不足だなあ」
思ったより動かない体をひきずり、境内を目指す。あと5段、4、3、2、1。
「ふう、着いた」
足元から目を離し、拝殿を見ようと顔を上げる。するとそこには、血走った目をした女性の顔。
「ひぃっ」
思わず声を上げる。彼女も僕の声にたじろいだようで、石段を降りて走り去ってしまった。

 翌日。
 昨日の女性は何だったんだろうと思いながら、今日も石段を駆け登る。相変わらず足が上がらない中で頑張っていると、途中で一つの人影を追い抜いた。
(昨日の女性かな……、でも何をしてるんだろう)
登り終えた後、失礼だと思いながら拝殿に身を隠し、その人影を待ち受ける。
 僕か着いた数分後に女性が1人、境内にたどり着き近くの林に直行する。直後に聞こえてきたのは、カコーン、カコーンと何かを打ち付ける音。
(丑の刻参り、か)
見てはいけないものを見てしまい、僕はあわてて石段を降りて逃げ帰った。

 3日目以降も、その女性と頻繁に遭遇した。こちらも深夜2時に石段を登らざるを得ない以上、丑三つ時にわら人形を打たなければならない彼女と、出会ってしまうのは当然のことだ。
 だが1週間もこの生活を続けていると、少しずつ心境が変わってくる。初めは戸惑いや、深夜に会うこともあって不気味だと思っていたその女性に、どんどん親近感がわいてくるのだ。
(あれ、今日遅いな。丑の刻に間に合うのかな)
とか、
(今日は早かったんですね。お疲れさまでした)
なんて、心で思うようになった。
 あるときなど、石段ですれ違う際に思わず頭を下げてしまい、彼女も会釈をし返してくれるなんてことがあった。お互い、人に見られたくないことをしていると考えると、妙に滑稽だなと思ってしまう。

 だが昼間にふと考えることがある。それは彼女の満願の日が、いつだかわからないことだ。
 調べたところによると、丑の刻参りの満願は7日というのが主流のようだ。だが彼女は1カ月以上この行動を続けている。よほど呪っている相手がピンピンしているのか、それとも、呪う相手がたくさんいるのか。
 いずれにせよ、彼女が来なくなる日は突然来るはずだ。でも、風変わりな出会いとはいえ、ここまで石段登りを続けてこられたのは彼女の力も決して小さくない。
「…………」
それに、僕はもっと彼女のことが知りたいと思い始めている。いや、正直に胸の内を言えば、彼女に特別な思いを抱いている。彼女がもう来なくなってしまうかもという可能性に考えがおよんだとき、やっと気づいた自分の気持ち。

 今日の深夜2時、僕はあの人に思いを伝えよう。人を呪いに来る、目が血走ったあの人に。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔