火曜日の幻想譚
83.飲んだくれ
やや、家飲みに飽きてきた。
個人的に飲むのは1人のほうが好みなのだが、こう連日連夜だといい加減厳しい。短い時間でもいい、誰かと酒を酌み交わしたい。そういう思いで、夕方の街に繰り出した。
最寄り駅の近くに構えている、いかにも場末なスナックの扉をくぐる。
「あら、いらっしゃーい」
ママと思しき人物がカウンターからほほ笑み、店の子が上着を脱がせてくれる。
「ママァ〜、おかわり、ちょうらい〜」
すっかり気の緩んだ情けないだみ声がする。厄介な客がいるなと思って、そちらの方を見ると、なんと小さいころあれだけ熱狂していた『あの方』だった。
「もう、ちょっと飲みすぎ。最近毎日来てるでしょ。体悪くするよ」
「うるせぇ! 金は出してんだから、つべこべ言わず持ってこい!」
「…………」
俺は黙って、そちらを見ないようにカウンターに座る。そして、おしぼりを持ってきたママに、何気なく聞いてみる。
「彼、『あの方』だよね」
「ええ。常連でね」
「よく来てるんだ」
「うん。そうなんだけど、ここしばらく仕事がなくて荒れ気味なのよ」
「ふーん」
確かに、最近めっきりテレビなどでは彼を見ていない。昔はユーモラスな言動と動きで、俺らが子どもたちのころはもう大人気だったのに。
「最近はよぉ、キャラクター飽和状態でよぉ、どんどん埋もれてく一方じゃねえか」
「ちょっと、落ち着いて」
「うるせぇ。こっちにだって生活があんだよ、新しいキャラクターばかり作ってるんじゃねえ!」
「もう、分かった、分かった」
店の女の子がなだめるが、どうにもうまくいってないようだ。
「あれだけばかにしてたアマビエの野郎もよ、ブレイクしやがって。すっかり置いてかれちまった」
「そんなことはないわよ、いつかまたチャンスがあるから」
「いつかっていつだよ。早く来てくれよ。もうどうにもならねぇんだよぉ」
昔、あれだけ好きだったキャラの、こういうとこは見たくなかったな。俺は早めに酒を飲み干し、店を出ることにした。
「ごめんね。普段は、もうちょっと大人しいんだけど」
ママのフォローが逆に心に刺さったまま、俺は店を後にした。