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火曜日の幻想譚

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84.シェフの気まぐれじゃないサラダ



 昼休み。

 オフィスを出て、降りのエレベータに同僚たちと乗り込む。
「飯、どうする?」
1階に到着するまでに交わされるお決まりの会話だ。
「あの洋食屋さん、あそこのパスタにしようよ」
会社からほど近いところにある、一軒の小さい洋食店。そこのランチメニューのパスタにしようと、同僚の紅一点、大塚さんは提案する。
「うーん、あそこなあ……」
僕らは顔をしかめるが、他にあてがあるわけじゃない。こんな地方都市では、うまいランチの選択肢もそれほどないのだ。結局他の案も出ず、そのお店に行くことになった。

 その洋食店は、店主が一人で切り盛りしている隠れ家的なお店だった。だがその味は本物で、特にランチメニューのパスタは、抜群のおいしさを誇っていた。
『カランカラン』
「いらっしゃいませ。4名様ですね」
僕らは、いつものように店主に空いているテーブルへと案内され、着席する。
「本日のシェフの気まぐれサラダですが」
ここで大塚さんをのぞく僕ら3人は、息を飲む。
「春雨サラダです」
その言葉が店主の口から飛び出した瞬間、僕らは落胆した。

 そうなのだ。ここのお店のシェフの気まぐれサラダは、初めて来た時からずっと春雨サラダなのだ。無論、ここのパスタはおいしい。それは男子3人も諸手を挙げて賛成だ。だが、それにつくのが春雨サラダ(これももちろんおいしいのだが)というのはどうだろうか。あのサラダは、どちらかといえば中華料理だろう。それをたまにではなく、毎度のようにイタリア料理であるパスタの副菜に出すことに、どうしても僕ら男子勢は違和感があるのだ。もちろん、普通のサラダもメニューには存在する。だがそれらのサラダは、シェフの気まぐれサラダよりも数百円割高だ。懐の寂しい僕ら若手社員は、シェフの気まぐれサラダを選択せざるを得ないのだ。
 不満点はそれだけではない。そもそもの名称がシェフの気まぐれサラダなのだ。毎度毎度春雨サラダでは気まぐれとは言えないだろう。いや、気まぐれに同じサラダが続くことも低確率であるかもしれない。でも僕らは、それこそ毎日のようにここに通っているのだ。もう少し、春雨以外のサラダにスポットがあたってもいいだろう、そう思うのだ。

「私、カルボナーラとシェフの気まぐれサラダね」
僕らが春雨サラダにうんざりしている間、大塚さんはスッとメニューを注文する。それもそのはず、彼女は春雨サラダが大の好物なのだ。このお店に初めて来た時、春雨サラダがつくと知って、
「あたし、パスタと春雨サラダ、大好きなんだ!」
と声に出して喜んだくらいだ。その大好物の春雨サラダとパスタを、両方すすることができる。大塚さんがこの店に行きたがるのも無理はない、というわけだ。


 それから数日後。
 休日出勤せざるを得なかった僕は、その日一人で昼食に出掛けた。一人なんだからいつもと違うところを開拓すればいいのに、いつもどおりこのお店に来てしまった僕は、一人の気安さからつい、店主に毎度毎度春雨サラダを出す理由を聞いてしまった。
 そこには、驚くような理由が隠されていた……。


 さらに半年がたち、大塚さんはこの洋食屋の店主との交際を経て、結婚した。

 休日出勤の日に聞いたところによると、僕らが初めて来た日、店主は大塚さんに一目ぼれしてしまったらしい。でも料理一筋の店主は、大塚さんへ気持ちをどう伝えていいかわからず途方に暮れてしまった。どうにかして思いを伝えたい、でもどうすることもできない。せめて僕らがもっとたくさん来てくれれば、お近づきになる機会もあるかもしれない。そう考えた店主は次の瞬間、
「あたし、パスタと春雨サラダ、大好きなんだ!」
という彼女の言葉を思い出したのである。

 そういうことならば話は早い。僕は店主に大塚さんを紹介し、仲を取り持ってあげた。


 でも……、
「今日のシェフの気まぐれサラダは、私の大好物の春雨でーすっ」
OLからウエイトレスに華麗な転身を遂げた旧姓大塚さんは、今日も元気に大好物をお勧めする。

 どうやらサラダが気まぐれになるのは、もう少し先のことになりそうだ。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔