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火曜日の幻想譚

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85.大公と眼球



 余は、久々に友人であるオリヴァー大公の城へと出かけることにした。

 大公の家は代々、この国を治める家系だった。
 その例にもれず、父の死後に君主として彼もこの国に君臨することになった。大公はその篤実な人柄で、30年以上もの間善政を敷いた、これは確かなことである。だが、時代が悪かったのであろうか。そのように、とにもかくにもまとまっていた国に、民主化の波が押し寄せてきたのである。

 大公は、このとき悩みに悩んだ。この国を、民に明け渡すべきかどうかを。

 賢明なわれらが大公は、長期的に見れば国を譲ることが正しいと気づいていた。一人で国家を運営するより、皆で知恵を出し合ったほうがいい、当然のことだ。暴君や暗君によって国が急激に傾く頻度も減るだろう。しかし、短い視野で見てみれば? 自分が名君だと自負してはいないが、今はすべてがうまくいっている。それを一時的に破壊し、革命という名の下に弱者が倒されていいものだろうか。偉大なる我らが大公は、その間に立たされることになったのである。

 そこで大公が取った対応は、いわゆる折衷案だった。少し時間をおいてから、民主化を行うという提案。大公は具体的な期限を設定して、その交渉にあたった。
 だが相手がたは、その要求を何一つのむことはしなかった。恐れ多くも大公の提案を、単なる保身であろうと一蹴したのである。こうして懸念どおりに平和は打ち砕かれ、血なまぐさい革命が起こり、大公は地位も名誉も失った。
 それだけではない。このとき、もう一つ大公が失った大きなものがあった。最愛の妻エレイン妃、このとても美しい眼をしたつれあいが、心労で亡くなられたのである。

 幸いにも命までは奪われなかった大公は、地方の古城にこもりっきりになってしまった。だが温厚であった大公もすっかり変わってしまい、今の政権の中枢にいる自分の地位を奪った者たちに、憎悪の言葉をつぶやく毎日だという。余はそんな大公を慮り、ご機嫌伺いと、とある良い知らせを報じに城を訪れたのだった。


 落ち込んでいるかと思ったが、意外にも大公は壮健だった。古城での不自由な生活にさぞ意気消沈しているかと思いきや、とても快活に余を出迎えてくれる。豪華なディナーを囲み、酒瓶を傾け、二人で深夜まで話し込んだ。

「我輩は、妻のあの大きな眼を殊の外愛しておった」
「ええ、本当にお美しい瞳をお持ちの方でした」
大公は余のあいづちを聞きながら、壁にかかっている妃の肖像画に懐かしそうに目をやった。
「実はな。今も、妻の目玉を身近に持っているのだよ」
「……ほう、どういうことですかな」
合点がいかない余の眼前に、大公は自分の酒の杯を近づける。杯に入っていた氷にまぎれて、2つの眼球がこちらをにらんでいた。
「ヒッ!」
思わず後ずさる余。
「なに、防腐処理を施しておる。心配することはない」
怖気づく余を笑い、大公は声を潜めて話を付け加える。
「それにな。妻の故郷には、こんな伝説があるんじゃ」
「ど、どういったものですかな」
「恨みを持って死んだ者の眼を浸した酒を飲み干すと、その恨みが晴らせる、とな。ハーッハッハッハッハ。なに、君、迷信だよ。少々落ち着きたまえ」
「……」
落ち着いてなどいられなかった。

 余が大公に持ってきた良い知らせとは、かつて要求をのまなかったあの男が、眼球をつぶされて無残に殺されたことだったからだ!


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔