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火曜日の幻想譚

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89.立ち止まる



「バーカ。何回やっても同じだよ。力のねぇやつはうせな」
負けた瞬間、勝者の言葉が鼓膜に突き刺さった。

 くやしい。

 言葉にすれば4文字。それだけで表せるぐらい、人類は皆、この気持ちを味わってきたのだろう。こんなとき、人のするべき行動はおおむね二通りだと言っていい。前進をするか、後退という名の転身をするか。すなわち、己を信じて力を高め、捲土重来を期するか、その反対、勝者の「何回やっても同じ」という言葉を受け入れ、別の世界で力を発揮するか、その二つだろう。
 だが、本当にそれだけだろうか……。


 それから、長い年月がたって。

 試合前の僕にインタビュアーがマイクを向けてくる。最近は、こういうよくわからない手合いも多くつきまとうようになった。
「今回は、どういうふうに負ける予定ですか」
「そんなのは言えないね。負けてみてからのお楽しみだよ」
それを聞いた面々から、喝采が飛び交う。

 あれから僕は、あの勝者と対戦し続けた。別になんの鍛錬もせず、なんのてらいもなく。当然、勝敗は火を見るより明らかだ、だがそれでも僕は、彼に挑み続け、負け続けた。
 いい加減閉口する彼に、負けた僕は言葉を浴びせかける。
「何回やっても同じなんだろ? 確かめてやっからもう1回やろうぜ」
いつの間にか、僕のほうが居丈高になっていた。

 僕は、前進も後退もしなかった。ただ、立ち止まった。

 ただ立ち止まって、くやしさをちゃんと、誰よりもちゃんとかみ締め続けた。そうして至った境地は、少なくとも目の前にいるみじめな勝者には、到底分からないだろう。

 単なる嫌がらせじゃないかって? そう思われてもいい。
 やっかみでつきまとっているだけだろう? ええ、そうですとも。

 それでも僕は、ここに立ち止まる。立ち止まり続けて、最後まで、納得するまでくやしさを味わってやるんだ。

「さあ、もう一回」

 僕は、彼に再び負け戦を挑んだ。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔