火曜日の幻想譚
92.最盛期
大きな病を患って、しばらく入院していた。
どうにかこうにか回復し、会社には復帰できた。しかし、会社から閑職への異動が伝えられる。どうやら、出世コースから外されてしまったようだ。
病み上がりということもあって、新しい部署でも以前ほどの働きができない。何でこんなやることの少ない部署なのに、思い通りに動けないんだ。会社の対応への怒りと、仕事が進まないことへの焦りと、この程度の仕事もできなくなってしまった自分へのふがいなさ。それらがひしひしと心中に積もっていくような生活を送っていた。
そんな状況の私を見かねたのか、夕飯の食卓で妻はこう言った。
「仕事は人並みでいいんじゃないですか。もう少し、人生を楽しみましょうよ」
今までの私だったら、このような意見は一蹴していたかもしれない。だがこの妻の一言は、私の骨身にずしりと響くものがあった。
「確かに、拾ったような命だしな。少しは遊んでも文句は言われないか」
そんなセリフの後、私の頭にわき水のごとくやりたいことがあふれだしてきた。
そういえば、押入れの奥でほこりを被っているギターがあったな。作りかけのまま放ってある戦艦大和の模型も、まだ捨ててないはずだ。そうだ、体力作りのためにジョギングをするのもいいかもしれない。一度、一人でカラオケに行ってみたかったんだ。読みたいと思った本も数え切れないほどある。でも、買うんじゃなくて図書館で一冊ずつ借りていくのも面白いぞ。妻にも迷惑をかけたから、どこか温泉にでも連れてってやりたい……。
次々に出てくるやりたいことを、メモに取り続ける。
もしかしたら私の人生、最盛期はこれまでではなくこれからかもしれない。そう感じるほど、今までの嫌な気分はどこかへ吹き飛んでしまっていた。