火曜日の幻想譚
98.お似合いの化粧
乾杯!
いやあ、お元気でしたか? 今日のメイクも、よく似合っていますね。
はい? もちろん化粧をしてなくたって、嫌いじゃありませんよ。でも、僕に会うために時間をかけて化粧をしてくれたことや、その気持ちがうれしいんです。
別にあなたのために、化粧をしてきたわけじゃないって? そんなことは、よく分かっています。人前に出るんですから、自らを美しく見せたいのは当然のことですよね。でも、僕だって人間なんです。っていうことは、僕にも自分を美しく見せたいという気持ちはあるわけでしょう? 別に僕一人のためじゃなくていいんです。多数の中の1人だって、十二分にありがたいことなんですから。むしろ、その美しさを僕一人で独占してしまうことに罪悪感すら感じてしまうので、その心持ちはむしろ正しいと思いますよ。
ああ、機会があったら、あなたがメイクしてるところを見たかったな。美しいすっぴんが、化粧という工程を通ってまた別種の美しい顔に変化していくさまをとくと見たいんですよ。ほんと、お化粧してるとこ見せてもらえるとうれしいんですけどね。やっぱりそうは行きませんよね。ええ、諦めます。
はい? 随分化粧に執心してるんですねって? そうですね、昔、とあるところで見た化粧に本当に一瞬で魅せられてしまいましてね。それ以来、僕は化粧のとりこなのかもしれません。
ええ、それはもう本当にあの化粧は素晴らしかった。その化粧をしていたのは母なんですけど、幼い私は、その化粧を見たままぼーっと立ち尽くしちゃいましてね。それ以来、頭に離れないんですよ。
そんなにすてきな化粧なら、私もしてみたい? それは、素晴らしいです。私も愛するあなたに、ぜひその化粧を施してみたいと思っていたんですよ。あなたなら、絶対にお似合いだと思いますし。
ええ、私でもその化粧はできます、勉強しましたからね。じゃあこれからでも、どこか休めるところへ行って、その化粧をしようじゃないかって?
そうですね。そろそろいい頃合いですし。
何の頃合いかって?
……そろそろ、苦しくなってきたんじゃないですか。乾杯のワインの毒が、効いてくるころですから。
……何で毒?
その化粧っていうのが、死化粧だからですよ。