火曜日の幻想譚
99.かげしげさま
何? 昔話をしろ? いったいなんでまた、昔話なんぞ聞きたがるんじゃ? 学校の宿題で出た? なるほどのう。
うーん。では、かげしげさまの話でもするかの。
戦国の頃の話じゃ。
当時ここら一帯は、羽中田 景重(はなだ かげしげ)という領主さまが治めておったんじゃ。
景重さまは、さる大名家に仕えておっての。文武に優れた将だったので、非常に重用されておったそうじゃ。
どれだけ優れていたのかというとな。戦国時代なら当然戦をせねばならんのだが、その戦で連戦連勝。ときには、八百の敵兵を三百で打ち破るという勇猛ぶりを見せたそうじゃ。
もちろん武勇だけじゃなく、領民にも優しくての。普段から治水をして川の氾濫を押さえてくれたり、飢饉のときには年貢を減らすようお願いしてくれたりもしてくれたんじゃ。
他にも、景重さまはとても信心深くての。戦や災害で人が亡くなるたびに、供養塔を立てて丁寧に死者を弔うことでも有名だったそうじゃ。
そんな景重さまのもと、この地の者ものんびりと暮らしていたんじゃが、しばらくして事情が変わってきた。
仕えていた大名さまが亡くなり、そのお子さまが世継ぎになられたんじゃ。
その跡を継がれたお子さまじゃが、なんというか……、あまり優秀とは言えなかったんじゃ。そのせいか、口うるさい景重さまを恨んでな、領地を一向に増やしてくれなかったんじゃ。
領地が増えないとどうなるかというとな。戦のとき、たくさんの兵士が集められんのじゃ。それゆえ、少ない兵で戦に臨まなければならない。
そうこうしているうちに、戦の時期がやってきた。景重さまは少ない兵で最前線を任される。これはもう、実質死ねという命令に等しかったんじゃ。
景重さまは、それでも大名さまに何も言わなかった。自身の領地に帰り、「とあること」を命じた後、兵を率いて戦場へと向かったんじゃ。
そして、戦がはじまった。
じゃが、寡兵の景重さまの軍勢は、案の定あっという間に窮地に立たされる。景重さまを守る兵もほぼいなくなり、側近が切腹を促そうとした瞬間じゃった。
景重さまは、あっという間に干乾びてミイラのようになった。そしてその口から、人魂のような悪霊が大量に飛び出してくる。飛び出した悪霊は、束になって相手方に襲い掛かり、取りつかれた敵兵たちは一瞬でどろどろと溶けてしまった。気づくと、大量にいた敵兵はことごとく滅んでしまったんじゃ。
「景重め、自らの命を捨てて戦に勝つとは、とんだ名臣ぶりじゃ!」
目の上のたんこぶの景重さまが死ぬわ、戦には勝利するわで、すっかり上機嫌になっている若い大名さまは叫ぶ。じゃがその瞬間、悪霊たちは味方の兵にも襲い掛かったんじゃ。思わぬ敵に阿鼻叫喚となった味方の兵士は総崩れとなり、大名さまは悪霊のいるさなかにおいてきぼりにされてしまったそうじゃ。
実は景重さまは戦に出る前に、自身の建てた供養塔をすべて壊すように言いつけたんじゃ。それゆえ信心によって押さえられていた死者の霊たちは、ここぞとばかりによみがえって景重さまの体を喰らいつくした。それだけでは飽き足らず、敵兵や味方の兵、最後には主君すらも喰らってしまった。生き残ったのは、数少ない景重さまが率いていた兵士たちだけじゃったそうじゃ。
その後、新たな領主様は景重さまの亡骸を、悪霊として封じ込めたそうじゃ。しかし、この地の者の間では「かげしげさま」という呼び名で、神として慕われておるんじゃよ。