火曜日の幻想譚
101.釣り
青い空。
その下で僕は、釣り糸をたれる。長いさお、その先から広大な海へ、釣り糸をたれている。
ピクン。浮きが一瞬、沈む。釣りざおを天へと持ち上げる。水面から姿を表したのは、たっぷりと海水の入った長靴。
僕は釣り糸を引き寄せて、その長靴を針から外して傍らに置く。そして、何事もなかったかのように、再び、釣りざおをしならせて海へと糸をたれる。
ピクン。再び、浮きが沈む。釣りざおを天へと持ち上げる。水面から姿を表したのは、ベコベコにつぶれた空き缶。
僕は釣り糸をまた引き寄せて、その空き缶を針から外して傍らに置く。そして、何事もなかったかのように、再び、釣りざおをしならせて海へと糸をたれる。
娘が海難にあってから、既に3カ月がたった。海保の必死の捜索にも関わらず、娘が発見されることはなかった。
ピクン。三たび、浮きが沈む。釣りざおを天へと持ち上げる。水面から姿を表したのは、タイヤのひしゃげた自転車。
僕は釣り糸をやっぱり引き寄せて、その自転車を針から外して傍らに置く。そして、何事もなかったかのように、再び、釣りざおをしならせて海へと糸をたれる。
空をながめ、そこに娘の顔を描いてみる。愛くるしいその顔に再び会いたい、心からそう思う。
ピクン。またまた、浮きが沈む。釣りざおを天へと持ち上げる。水面から姿を表したのは、巨大なカジキマグロ。
僕は釣り糸を引き寄せて、そのカジキマグロを針から外して逃がす。そして、何事もなかったかのように、再び、釣りざおをしならせて海へと糸をたれる。
ピクン。何度目か覚えていないが、また浮きが沈む。今度こそ、娘を、由佳子を釣り上げてまた一緒に暮らすんだ。そんな思いを胸に、僕は釣りざおをまた、天へと持ち上げた。