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火曜日の幻想譚

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102.杯の声



 髑髏(どくろ)杯というものをご存じだろうか。

 まず髑髏の頭頂部、脳を包み込んでいるあの丸い部分を、眉辺りから水平に切り払う。そうしてできた部分に漆を塗るなどして、杯を作るというものらしい。髑髏は、戦で敗北した相手のものを、用いることが多いようだ。
 勝利の美酒を味わうのにふさわしいからなのかは分からないが、この髑髏杯の作成は紀元前から世界各地で行われていると聞く。
 日本では、あの織田信長が浅井父子の髑髏で杯を作らせ、それで酒を回し飲みしたという逸話がある。だが、彼らの頭蓋骨に漆を塗って披露しただけという話もあり、本当のところは分からない。


 ここは東京のとある繁華街。その一角にある居酒屋「鳥や」は、たくさんのお客さんでごった返している。
「えーと、この八海山を冷やで。あと『よっさん』で」
「獺祭の冷酒を『ふうちゃん』でお願いします」

 「鳥や」では、現在七つの髑髏杯が用いられている。それらはあだ名を付けられて、客の前へひっきりなしにその姿を現していた。髑髏杯を採用することになった理由を店長の水野さんはこう語る。
「何か、居酒屋としてインパクトがほしかったんです。なのでいっそのこと、過激なことをやってみようと。それでいろいろと許可を得て、実際に髑髏杯を作ってみた」
当初、売上げは微減した。だが、そこから地道に物好きな常連客が増えていく。さらに今、口コミでじわじわと人気に火がつき始めているのを実感しているという。

 髑髏の杯で酒を飲みに来るお客さんは、どう思っているのだろうか。
「初めは不気味に思ったけど、だんだん愛着がわいてきた」
「持つと、奇妙なくらいしっくり来るんですよ。頭をなでやすいのと関係あるのかな」
「あだ名で呼ばれているので、それほど奇怪な感じはしない」
おおむね良好だ。好事家に言わせると、杯を変えることで酒の味も変わるというのだから驚きだ。

 その髑髏杯の中でも、特に人気があるのが『ふうちゃん』だ。彼女はかつて、料亭で仕事をしていたが、病弱なために若くして亡くなったという。だが、その同情を呼ぶ境遇のせいか、男女を問わず人気があり、開店時間中は文字通り杯の乾く暇もないという。

 そこでわれわれ取材陣は、あの世の『ふうちゃん』にも取材を試みた。意外にも快諾してくれた彼女は、霊媒師の力を借りて思いを語る。
「私、とてもうれしいんです」
これまた意外な第一声、彼女はさらに言葉を継ぎ足していく。
「実は、あまり料亭でのお仕事が向いてなかったようで、いつも失敗ばかりしていたんです。だから、今、こうやってお役に立てて本当にうれしいんです」
そう言って、霊媒師越しにニッコリと笑う。そのかわいらしい顔をお客さんが見たら、さらに人気が跳ね上がるかもしれない。
「それと、実は……」
彼女は少し言い淀んだあと、思い切って言う。
「お酒、大好きなんですよ。あまり飲めないうちに死んじゃいましたけど」
言い終えてから舌なめずりをする彼女には、頭蓋を切られたことも、それを杯に使われている恨みも、全く存在する様子はなかった。
「だから、感謝しています。できればずっと大切に、杯を使い続けてくださいね」

 その言葉を最後に、半透明で頭頂部がまっ平らな彼女は、スーッと霊媒師から離れていった。

作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔