火曜日の幻想譚
103.カーテンを閉められない
その日は、さわやかな朝だった。
きっとすてきな日になるだろう、そう思い日差しが隙間から漏れ出ているカーテンを開く。すると、窓のすぐ向こうからこちらをじっと見つめる人と目があった。
思わずギョッとして、体をわななかせる。しばらく恐怖のあまり固まっていたが、意を決して視線を窓の外の人に合わせた。
この人には見覚えがある。いつもゴミ出しを監視している町内会のおばちゃんだ。そのおばちゃんが、窓と塀の隙間からじっとこちらを覗いているのだ。
このおばちゃん、ゴミ出しに関しては少々口うるさいが、そこまで評判の悪い人ではない。だが、俺は近所付き合いとやらが苦手だ。それ故にこのおばちゃんとも、ほとんど関わりは持たずにいた。そんな間柄なのに、なんでうちを覗いているんだろう。ここ最近のゴミ出しにやましいことはなにもない。別に騒音を出すような迷惑なことだってしていない。心当たりになるようなご近所トラブルは、全くと言っていいほどないはずなのだ。
首を傾げて考え込む。そんなことをしている間も、おばちゃんはこちらをじっと見つめていた。普通に考えたらプライバシーの侵害だが、なにせ相手は町内で力を持っているおばちゃんだ。ここで下手なことを言ったら、村八分になる恐れがある。
仕方なく視線を感じながら、仕事に出かける準備を始める。その間もおばちゃんは、じっとこちらを見つめたままだ。朝食を食べるときも、髪を整えているときも、着替えをしている最中も。玄関で靴を履いて扉を締めるときも、おばちゃんは無人の部屋をじっと見つめていた。
仕事を終えて帰宅すると、なんとおばちゃんはまだ部屋を見つめていた。すなわち、丸一日飲まず食わずで部屋を見つめていたということになる。いったい何のために?
さすがに気味が悪くなり、隣家に相談する。ご近所の評判も良い隣家の奥さんは、快くおばちゃんと話をすることに承諾してくれた。
「大本さーん、どうされたんですかー?」
奥さんはほとんど人の来ない塀の隙間に足を運び、おばちゃんに声をかけてくれる。俺はこのとき、初めておばちゃんの名字を知った。それくらい俺はこのおばちゃんと没交渉だったのに、なんでこんなことになったんだろう。まあそれも、この奥さんが間に入って口を利いてくれればわかるに違いない。そう思ったときだった。
「…………」
奥さんは突如真っ青な顔になる。そして次の瞬間、金切り声で俺に警察を呼ぶように伝えた。
おばちゃんは背中から心臓をナイフで突かれ、絶命していた。その状態で、俺の家の窓に寄りかかっていたのだ。
駆けつけた警察は、さっそく捜査に取り掛かった。奥さんも俺も彼らにあることないことを聞かれ、一時期は犯人扱いまでされる始末だった。何とか俺たちの容疑は晴れたが、それでもおばちゃんを殺した犯人は見つからず、この事件は未解決として処理された。
こんな嫌なことがあったので、俺はその後住まいを変えた。だがそれ以来、カーテンを開くことが怖くなってしまった。朝、カーテンを開くたびに、うつろな目がこちらを見つめていたらと思うと、恐ろしくてやっていられない。
俺はカーテンを閉められなくなり、室内が丸見えの状態で今も暮らしている。