火曜日の幻想譚
105.久遠のゴミ袋
よくよく考えてみれば、ゴミ袋ってやつはかわいそうだ。
だって始めからゴミとして捨てられるために作られるんだ。こんなかわいそうな生い立ち、そうそうないだろう。
購入する人々だって、彼〈?〉らにゴミとして捨てられる以上のことは期待していない。ただ厄介なゴミを捨てるまでの間ひとまとめにしてほしい、それだけのために買われるんだ。
しかも、それが1枚や2枚じゃない。20枚や40枚という単位での購入だ。こんなの、奴隷よりもひどい扱いじゃないか。
なに? じゃあお前はゴミ袋無しで生活をすりゃあいいじゃないかって? もちろんそうもいかないことはよく分かっている。だから、せめてゴミ袋を大事に使ってやろうと言いたいんだ。 幸い、我が家のゴミ袋は残り一枚。この一枚、できるだけ使い倒してやる。私はその一枚のゴミ袋を握りしめ、心にそう誓ったのだった。
翌週。
ゴミの回収車がゴミ捨て場の近くに停まり、回収員が車から降りてくる。私はそれを見計らい、回収員にゴミ袋を手渡す。
「ゴミ袋は返してください」
と言う一言を添えて。
回収員は一瞬首を傾げたあと、回収車に中身だけを放り込んで袋を返してくれた。
私はそんなふうに、わざわざ回収員に口の開いたゴミ袋を手渡し、袋を返してくれるように頼み続けた。数ヶ月もすると、回収員の方も覚えてくれたのか、言わなくとも袋を返してくれるようになる。ゴミ袋は汁などがこびりつき、かなりの悪臭を放っている。私は丁寧にその袋を洗い、少しでも長持ちするよう努めたのだった。
その努力が功を奏したのだろうか。
私は老年になり、すでに隠居の身分となった。今はもうゴミ捨ては義理の娘の仕事だ。だが私の言いつけをちゃんと守り、ゴミ袋はちゃんと返してもらい、週に一度洗ってくれている。
始めは他家から来たこともあって、なかなか理解してくれなかった。だが上記のようにゴミ袋の身になって考えさせてみたら、渋々だが納得してくれたようだった。今ではもうそれが日常のように、一つのゴミ袋で家のゴミ全てをまとめあげている。
先日、私は遺言書を作成した。遺産のことも記したが、それとは別にあの一つのゴミ袋を可能な限り使っていく、と言う一文も忘れずに記しておいた。圧倒的多数の他のゴミ袋を救えなかったのは残念だが、これで少しは面目も立っただろう。
そろそろ、私も疲れた。この世からおさらばする時も近いようだ。
まさかあのゴミ袋より、私のほうが先に用済みになるとは思いもよらなんだが、これでいい。
これで、いいんだろう。