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火曜日の幻想譚

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108.場末の懺悔室



 K県K市の片隅にある「スナック みか」のママ、姉川美佳さんは今日も忙しい。

 起床は、毎日昼間の13時。最近は睡眠時間が3、4時間でも、眠れたほうだという。眠い目をこすりながら、仕入れ業務や女の子の面接、シフトの調整などスナックの運営の仕事をこなしていく。そういった仕事の傍ら、得意料理である揚げ出し豆腐の仕込みも欠かさない。たくさんのお客さんが美佳さんと、揚げ出し豆腐を楽しみに店へとやってくるのだ。

 開店は19時。たくさんのお客さんが詰めかけ、カウンター9席、テーブル12席はあっという間に満杯になってしまう。
 1人でグラスを静かになめる者も入れば、店の女の子や見知らぬ人も巻き込んでカラオケに興じる者もいる。そんな中で、美佳さんは1人ずつじっくりと言葉をかけていく。

 ここだけの話、美佳さんはお世辞にも美しい顔立ちとは言い難い。本人も「この仕事に就くまでは、ずっと地味な人生を送ってきた」と語っているぐらいである。そんな彼女の何が、お客さんたちの琴線に触れているのだろうか。

 そのとき、美佳さんが1人の男性の肩に手を置き、カウンターの特別な座席へと呼び寄せる。その男性は電撃を受けたように立ち上がり、ふらふらと美佳さんの後に付き従い、その席に座った。

 男性は始め緊張をしていたようだったが、向かいで見つめる美佳さんに警戒が解けたのかのか、ぽつりぽつりと心にふたをしていたことを語り始めた。

 会社のお金を、数百万単位で横領していること。
 それを全て、愛人に貢いでしまったこと。
 その愛人も、マニアックなプレイを要求しすぎてもう連絡が取れないこと
 会社を解雇されたら、妻と離婚することになり、今度3歳になる娘にもう会えないこと……。

 いつのまにか、大の大人が美佳さんの前で、泣きじゃくりながら自らの罪を吐露している。これが、今、美佳さんがスナック界のカリスマと呼ばれる由縁なのだ。

 美佳さんに見つめられると、誰もが自分の罪を懺悔したくなる。それがどんなに大きい罪であろうとも、どんなに恥ずかしいことであろうとも。
「でも決して、否定はしないようにしています」
美佳さんは、彼らの懺悔を聞く秘訣をこう語る。隠しているということは、本人はもう十二分に苦しんだのだ、と。
「ただ、聞くだけ。それでいいんです。みんな、私なんかより頭がいいんですから。どうしたらいいかなんて、ちゃんと分かっているに決まってるんです」

 すべてを吐き出した男性は、明日、朝一番で上司に横領の事実を報告する、妻とも、離婚前提で話し合いをするが、娘には会うことができるよう掛け合ってみる、と、去り際に語った。

 閉店の処理、その他諸々を終えると、もう日は高く昇っている。美佳さんは短い休息を取り、揚げ出し豆腐を用意して、再び次の懺悔者を出迎えるのだ。


作品名:火曜日の幻想譚 作家名:六色塔