火曜日の幻想譚
109.100円玉
散歩に出かけることにした。
初めて通る道をずっと歩き続けていたせいだろうか。とても喉が渇いてしまった。
僕はこの渇きを潤すべく、近くの自動販売機で足を止める。ポケットから財布を取り出し、100円と10円2枚の小銭を取りだす。
「コーヒーの量じゃ飲んだ気にならないし、甘いのは体に良くないし、飲み干せるか分からないけどペットボトルの水にするか」
誰に言うでもなく呟いて、小銭を投入口に滑り込ませる。
カラン。10円玉が一枚。カラン。10円玉をもう一枚。最後に100円玉。カランカランカラン。
100円玉は投入されず、返却口に戻される。
「……」
僕は無言で返却口から100円玉を拾い上げ、再び投入口に放り込む。
カランカランカラン。結果は同じ。
僕はもう3回ほど繰り返してみる。しかし結果は変わらず、あえなく100円玉は返却口へ落ちてくる。揚げ句の果てには、2枚の10円玉も時間切れとばかりに返却口に横たわってしまった……。
どうやらこの100円玉は、自動販売機では使えないらしい。僕は財布の中を探って、別の100円玉はないだろうかと探してみた。しかし、この3枚以外の硬貨は存在しなかった。
ならば……。
僕は財布のお札の部分に手を伸ばす。お札ならきっと問題なく投入できるはず。念のため、自動販売機にお札の投入口があるかどうか確認する。ある、問題ない。勝利の笑みを浮かべたその瞬間、僕は自分が陥穽に落ちていたことに気づく。
千円札が、ない。
財布の中にあるのは一万円札と五千円札のみ。これでは、自動販売機では購入できない。
僕はがっくり肩を落とし、来た道を振り返る。コンビニなどの飲み物が購入できる施設はあっただろうか。全くありゃしない。
絶望的な面持ちで先の道を見渡してみる。視界に入るか入らないかくらい遠い場所に、コンビニの看板が見える。
(あそこまで歩くのか……)
どっと疲れを感じながら、僕は再び歩き出した。
何とかコンビニにたどり着く。もう喉はからっから、夏に干した洗濯物より乾ききっていた。僕は飲料コーナーから冷たい水を取り出し、レジに差し出す。
「108円です」
そう告げるレジのお姉さん。僕はさっきの10円玉1枚と100円玉をトレイに置く。
次の瞬間、100円玉はトレイからも滑り落ちた。