火曜日の幻想譚
110.笑顔の理由
今日のあの娘は、一日ずっと笑顔でした。
まだ厳しい寒さの残る朝も、あの娘は笑顔で登校していました。いつもなら退屈のあまり窓の外を眺めてしまう数学の授業も、笑顔で受けていました。お昼前の空腹の中、持久走だった体育の授業でも笑顔を崩すことはありませんでした。お昼を食べながら、友人たちと談笑したお昼休みも笑顔でした。満腹と退屈で眠気が襲ってくる午後の古文の授業も、にっこり笑顔のままでした。とても厳しい練習だった放課後の部活動も、笑顔でやり抜きました。帰り道、みんなでファストフード店に寄り道したときも、やっぱり笑顔でした。
「珠絵。今日、なんかいい事あったの?」
「うん? ふふ、別に」
友人に何度笑顔の理由を問われても、笑顔のまま答えをはぐらかしていました。
あの娘の笑顔の理由。それは出がけの母の一言でした。
「今晩は、カレーにしようね」