火曜日の幻想譚
4.アメノウズメ
「くそっ!」
俺は悪態をついて、キーボードを前へと乱暴に押しやった。その先にあるディスプレイには、「YOU LOSE」の赤い文字。
時刻は深夜の3時を回っている。数時間前からパソコンにかじりついてやっているゲームも、これで12戦10敗。だがこの成績は今日だけのものじゃない。ここ最近めっきり勝ち星に恵まれていやしないのだ。
勝てない理由は自分でもうすうす感づいている。無課金だから。いくら時間をかけて腕を磨いても、ガチャに金を注ぎ込んだ者には到底抗えぬ掟なのだ。苦味がほとばしる結論に、俺は顔をしかめる。だが手の打ちようなどない。こんなときは、外の空気でも吸って気分転換するのが一番だ。
「小腹空いた。ちょっとコンビニでも行くか」
誰に言うでもなくつぶやき、財布を手に取って中身を改める。中には、ジュースとスナック菓子がようやく購える程度の小銭だけ。
母親の財布から抜こうかと考えたが、最近母とは折り合いがよろしくない。所詮引きこもりの立場では、家庭でもゲームでも優位には立てないと言わんばかりだ。俺は、甘んじてこの立場を受け入れ、夜道を歩き出した。
コンビニからの帰り道。家路を急ぐ俺の背後から声がする。
「原島〜」
振り向くと、ケバいがわりといい女がこちらをジッと見ている。こんな奴、知り合いにいただろうか。
「あたしあたし、覚えてる? 中学の頃同じクラスだった峰山」
「お、おぉ」
名前を聞いてすぐに思い出したが、持ち前のコミュ障でやり取りをぎこちなくしてしまう。
「どう? 元気?」
「……」
引きこもってるだなんて、口が裂けても言いたくない。俺は、目線を外して黙りこくった。峰山は、その沈黙でおおよそのことを察してくれたんだろう、スッと話題を切り替える。
「そうそう。あたし、今このお店にいるんだ」
ど派手なカバンからど派手な名刺入れを取り出し、峰山はその中の一枚を俺に渡す。
名刺には『制服専門ヘルス ヌキヌキ女学園 みう』とあった。「お前、下の名前和美だろ」と思ったが、それは言わないでおいた。
「お店の衣装にさ、中学の制服そっくりなのがあるからおいでよ。サービスするからさ」
俺は、中学の頃の峰山と、誰よりも丈が短くてヒラヒラと活動的だったのに、決してその中身を見せてくれなかった峰山のスカートを想い描いていた。
「ほんとは、店外で名刺渡すの禁止なんだけどさ。なんかやけに辛気臭い顔してるから」
峰山は、てれがあるのか、少しはにかんで笑顔を作る。そこには、中学のときのこちらを見下している雰囲気は微塵も感じられなかった。
「じゃ。気持ちよくしてあげっから、絶対来てね〜」
陽気に手を振り去っていく峰山を、俺はぼんやりと見送った。
家に帰り店名で検索した俺は、プレイ料金に度肝を抜かれていた。高すぎる。こんなの引きこもりが手にできる金額じゃない。
「とりあえず短期でもいいから、バイトすっかなぁ……」